まだ、寝れる。






三蔵は朝の日差しをカーテン越しに感じつつも、布団に潜った。

完全に室内が明るくなったので光を遮断しようと悪あがきに出たのだ。

時間的にも若干余裕があるため再び意識を夢の中へ…が、しかし。



「ぱぱぁー!朝だよー、ご飯できてるよぉー!」


「っ…!?」



人生そんなに甘くはない。いつも隣で眠っている筈の温もりが無いのはこういうことか。

三蔵が2度寝しようとしたまさにその瞬間、が三蔵の上にダイブしてきたのである。

いきなりの事で息をつまらせた三蔵は、暫し咳き込みながらもゆっくりと起き上がった。

目覚ましには効果抜群だ。



「っいきなり何しやがる、この馬鹿娘ぇ!」


「起きたー?じゃあ早くご飯食べようよー」



低血圧の三蔵だがこれには流石に目が覚めた。

思わず怒鳴ってしまったが、未だ三蔵の上に乗っかっているの笑顔に一気に脱力してしまう。

三蔵がベットから出るまでその状態を維持するらしいに、ゲッソリしながらも三蔵は床に足をつけた。

しかし、何かが引っかかる。はなんと言った?

…朝ごはんが、出来ている?ご飯を作るのは三蔵の役目なのに。



「おい、…」


「早くしないと冷めちゃうよー」


「だから、おいっ」


「ぱぱ起きたよー!」



人の話を聞かない、否、気付いてないのかはリビングに通じるドアを開けると早々に席についた。

そして、カウンター越しに見えた人影とは。



「おはようございます、三蔵。今日は僕、仕事が休みなのでお邪魔しちゃいました」


「八戒…貴様、」



いつもの様に笑顔の青年、八戒であった。

その笑顔を崩さない八戒は当たり前のようにキッチンに居た。居たのである。

一体どうやって入ってきたのやら、そしてなんで朝食を作っていたのか。



「ちゃんと呼び鈴鳴らしましたよ?それでが入れてくれたんですv」


「早く起きてたの!偉いでしょー?」


「あぁ、それは偉いな…じゃなくてだな!」


「まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ。三蔵がなかなか起きてこなそうだったんで朝食を作ってみました」


「ぱぱ、早く座ってー」


「…はぁ」



朝っぱらから怒る気にもならない三蔵であった。




そして和気藹々とした(?)昼食を終え、三蔵は会社に行く為仕度をし始めた。

その間八戒とは仲良く食器の後始末だ。

キッチンから聞こえる水音と楽しそうな話し声を聞きながら三蔵は黙々と準備。

微笑ましいと思う半分、ちょっと嫉妬したり。



「今日は僕が居るので安心してください。後で悟浄も来る予定ですから寂しい思いにはさせませんよ」


「河童も来るのか」


「えぇ。今日は仕事が無いそうですから」


「2人揃って暇人だな」


「僕は会社の強制休暇です。悟浄は知りませんが」


「に何かあったらただじゃおかねぇからな」


「その件に関しては任せてください。心配性ですねぇ」


「うるせぇ。あの河童にも言っておけ」


「わかりました」



玄関先で交わされる会話。つくづく、三蔵が過保護な事がわかる。

廊下をパタパタと駆けてくる足音を聞き、問題の一人娘に振り返った三蔵。

その瞳は見たことも無いような優しい色をしていた。それを見た八戒は一人、微笑んだ。



「ぱぱー気をつけていってらっしゃい!」


「あぁ。夕方には帰れるだろうから、大人しくしてろよ」


「うん!早くかえってきてね!」


「わかった。じゃあな、行ってくる」


「いってらっしゃい、三蔵」



2人に見送られ、三蔵は家を出た。素直に出かけられるのは口にはしないものの、八戒を少なからず信頼している証拠だろうか。

いつもは光明の所に預けるのだが、時にはこういうのもにとって良いことなのだろうと、三蔵は思った。

車に乗り光明の所に連絡を入れると、聊か寂しそうな反応が返ってきたとか、なかったとか。



「さて。三蔵も行っちゃいましたし、何をしましょうか」


「うーんとねぇ、えほんよんでほしいな」


「絵本ですか?わかりました。では、この『オヤジギャグ100選』はどうでしょう」


「八戒のおやじぎゃぐ好きー!」


「ありがとうございます。僕、張り切っちゃいますねv」



やはり、が寒いギャグを覚えるのはこの男の所為であった・・・。



「布団が吹っ飛んだ」


「ふとんがふっとんだー!」


「玄奘はこの現状が理解できない」


「ぱぱはパパラッチを撒くのにくろうしたー!」


「カッター買って嬉しかったー」


「悟空も木からおちるー!」


「悟浄はたらし」


「えろがっぱー!」


「触覚は、」


「ゴキブリー!きらーい!」


「よくできましたv」



誰かこいつ等を止めてくれ。













そして時は過ぎ、昼食を食べ終わった2人はお昼寝の時間になった。

は既にぐっすりと眠り、傍らに居た八戒もうとうとし始めた。

午後の陽気に誘われ、ぬくもり溢れる暖かさに解けてしまいそうになる。

すやすやと寝息をたてるが幸せそうにはにかむ姿を見ると一層心の中が暖かくなった。



「一体どんな夢をみているんでしょう…」


「ぱぱぁ…はげぇ」


「・・・・・・」



こんな事を知ったらあの男は確実にショックを受けるだろうか。

きっと言葉の意味は知らないだろうケド、に言われると相当なものだと思う。

是非ともこういうやり取りの現場に居合わしたい八戒であった。

そして、暫くまどろみの中で休んでいると遠慮無しに家の中へ入ってくる足音が聞こえた。

八戒はその足音の原因に眉を潜めるとを起こさぬ様静かに起き上がる。



「よー元気にしてっかー?ってうお!お昼ね中かよ」


「もっと静かに入ってきてくださいよ、悟浄」


「わりぃわりぃ。ケーキ買ってきたから冷やしておくぜ」


「ありがとうございます」



普通に入ってきた足音の根源、悟浄は、が寝ていると知ると改めた。

八戒に咎められ反省しつつ、キッチンにある冷蔵庫へ持ってきたお土産を居れる。

一応ケーキは5人分。きっと夕飯時になると猿も来るだろうと想定しての数だ。

そこらへんは気が利く悟浄。が眠るリビングに戻ると静かに腰を下ろした。



「可愛い顔しちゃってよく寝てんな」


「先ほど眠ったところなんですよ。見ていて和みますねぇ」


「ホーント、母性本能をくすぐるっつうか」


「おや、悟浄にもそんな本能が備わっていたんですか?初耳です」


「お前ネ…俺だって子供好きなんだぜ?」



ふにふにした頬を軽く指でつっついてみたり頭を撫ぜてみたり。起こさない様に慎重さが窺える悟浄の手つき。

普段の彼から想像できないような行動に目を見張るものがある。それは彼ら全員に共通するのだろう。

そうさせるのは紛れも無く、穏やかに眠るの存在のお陰だ。

眠る時だけとは言わず、活発に駆け回る姿、食事中頬張って食べる姿、その他にもまだまだある。

特に幸せそうな顔をするのは。



「三蔵サマも引き取りたくなるワケだわな」


「突然『引き取る』なんて言った時には僕吃驚しちゃって固まりましたよ」


「あの鬼畜生臭野郎がよ…?俺だって夢でもみてんのかと思ったぜ」


「子供なんて育てたことが無い三蔵は一時期どうなる事かとひやひやしたものです」


「アレは傑作だわっ。おしめ取り替えたりとか慌てて家中駆け回ったり…」


「お昼寝のときは慣れない事をやって一緒に寝てましたし」


「よくココまでやってこれたよなぁ」


「もう1年になるんですか…時が過ぎるのは早いものですねぇ」



そこまで遠くは無い昔話に花を咲かせる2人。思い出し笑いが耐えない。

語る2人は聊か年寄りくさいが、それだけ面白く微笑ましくもあり見ていて楽しかったのだ。



「こんな安心して眠れるのは、やはり三蔵のお陰ですかね」


「アイツの前では特に、幸せそうだしな」



1番幸せなのは三蔵と一緒に居るとき。1番そばに居て、一緒に居る時間が多い。

の全ては三蔵で、それ以外でもなんでもない。



「僕等は大方2番目くらいでしょうか」


「多分三蔵以外みんな同じだと思うぜ?」


「ちょっと三蔵に嫉妬しちゃいますねぇ」


「嫌われてないだけマシだわな」



物事を1つ1つ覚えて、感情表現も多くなって、いづれは旅立つ時が来るのだろうか。

今はまだ、この安らかに眠る少女を見守るだけでいい。その時がくるまで。



「ん…」


「お?起きちまったか?」


「おはようございます、」


「んあ…八戒、おはようござい、まぁす…悟浄も…?」


「久し振りだな、。元気にしてたか?」


「うん・・・!えろがっぱー」


「なっ!!!!」


「偉いですよv」


「お前の仕業か八戒!!」



起きたばかりの花は、次第に大きく花開く。

満開の笑顔に何もかも忘れ、その身を委ねた。



「おっす!元気かー?」


「悟空ぅー!あそぼー」


「よっしゃ!何して遊ぶ?俺さ、最近あやとり覚えたんだ!」


「あやとりー!とりさーん」


「鳥うめぇよな!…なんか腹減った」


「もうそろそろ晩御飯が出来上がりますよ」


「おい猿!おめぇは我慢ってのをしらねぇのかよっ!」



いつの間にか夕方。予想通り悟空が勢い良く来た。

手にはあやとりの紐をひっかけ、に覚えたてのあやとりを披露したかったようである。

まるで兄と妹の様な2人に思わず笑う悟浄と八戒。

今までと遊んでいた悟浄は悟空にバトンタッチすると少し離れた所で見守ることにした。

あーでもない、こーでもない、と少し不器用ながらもに教える悟空は本当に兄のようで。

一気に騒がしくなった室内を見渡して八戒は1人、苦笑した。



「悟浄は片付けをお願いしますね。悟空とはそのまま遊んでいてもらいましょう」


「ヘイヘイっと」


「なんかなー、ココはこうして…あれ?わかんなくなっちゃった!」


「あやとりむずかしいー」


「所詮猿は猿ってか。いや、本物の猿の方がもっと頭いいか」


「なんだとー!俺だって、さっきまで…あれれ?」


「ばかざるー」


「よくできましたv」



喧騒に近くなった室内。そろそろ帰宅するあの男に怒られるだろうと、八戒は密かに思った。

悟浄と悟空もヒートアップしてきて、を安全圏に非難させると、さぁ。大変。



「貴様等!外まで聞こえてんだよ!!!」


「げぇ!三蔵だ!!」


「やっべ!!」


「ぱぱおかえりー」


「おかえりなさい、三蔵」



これまた予想通りの展開に笑うほかない。ハリセンを取り出した三蔵は2人に渇を入れた。

八戒はの視界を遮って苦笑だ。こんなところ、まだ見せるには早いからである。

三蔵は怒りが収まったのか、悶えるお馬鹿2人を残して自室に向かった。

モチロンもう一喝してからである。



「ぱぱあのねー、今日は八戒にえほん読んでもらったのー!」


「そうか。そりゃあ良かったじゃねぇか」


「それでねー、悟空にあやとりおそわったのー」


「あの馬鹿があやとりなんざ出来るのか?」


「あとはー悟浄にたかいたかいしてもらったんだけど、ちょっと怖かったのー」


「無駄に背が高いからなアレは。なんか嫌なことされなかったか?」


「うん!楽しかったよー!」


「そうか…」



が楽しかったなら、それでいい。寂しい思いをさせなくて済むのなら、偶にはこういうのもいいのだろう。

ひょこひょこと自室に着いてきたは、心底楽しそうに今日の出来事を話ていた。

三蔵は着替えながらもの話を聞いて、安心するのであった。



「ぱぱは、今度いつおやすみなのー?」


「明後日だ」


「じゃあね、ぱぱ疲れてると思うから朝はいっぱい寝て、お昼寝してーお買い物いってー、夜一緒に寝るの!」


「寝てばっかじゃねぇか…」


「寝ると疲れがとれるんだって八戒がいってたのー」


「俺はが居るだけで休める」


「じゃあずっと一緒にいるー!」


「あぁ」



勤務先ではの事ばかりが心配で、落ち着かなかった三蔵。

八戒に任せるのだから余計な心配だと分っていてもやはり心配なものは心配なのだ。

必要以上に携帯を見たり、傍から見れば不審者丸出しだったのだが、そんな事気にしてはいられない。

そして帰ってみれば、自分の心配をしてくれる娘がいた。

今日はなかなか仕事が手につかなかったなんて口が滑っても言えまい。



「夜ご飯もね、八戒がつくってくれるんだって!ぱぱお仕事で疲れてるだろうからって」


「それはありがてぇな」


「もね、お料理できるようにがんばるの!」


「まだ早ぇよ。もう少し経ったらな」


「うん!ぱぱの好きなものいっぱい作るー!」


「食えるもん作れよ」


「がんばるもん!」



リビングに戻る為を抱き上げた三蔵は、腕の中の温もりに心底安堵する。

抱きついてくるを落とさぬようしっかり抱えると、自室を後にした。












会社では心配で仕方なかった我が子の身をこうして腕の中に収めると安心感が湧き上がってくる。

半日離れていただけでもの笑顔が見たくなるのだ。出来れば片時も離れたくはない。











「親馬鹿…上等じゃねぇか」












   心静かならず


                                                               (そばにいないと落ち着かない)











ATOGAKI
全ての源はこの愛にあり。

一体三蔵サマは何処で働いているんでしょうか。管理人の中では『重役』と言う大雑把な設定があったりします。
専務とか、結構偉い人なポジション。だから少しでも融通が利く。こんくらいが丁度いいのでは、と。
そのうちいきなりの残業で〜って言うのを書きたいなぁ、と思ってます。

年の割には聊か頭の良い花。これも八戒らの英才教育の賜物でしょう。まぁとんちんかんな教え方してますが。笑
余計な事まで教えて各々三蔵に怒られるのも、また別の話。


お題提供元 : 構成物質 様