「プレイボーッ!!!!」(プレイボール)
まずは初球。
警戒して外角カーブ。
バッター、思わず空振り。
ボールに関わらずストライク1。
2球目。
キャッチャーは余裕綽綽と言った面持ちでピッチャーにサインを送る。
先ほどの空振りっぷりに油断したのか、ミットをど真ん中に構えた。
どんなサインを送ったか知らないけれど、見縊ってもらっては困る。
ピッチャーがかまえ、ボールを放つ。
直球ストレート。
「舐めんじゃ、ねぇ!!!」
バシィ!!
ストライク2。
・・・・・・もうこうなったら自棄だ。
3球目。
後はない。
見事な空振りをしたバッターは焦りを見せる事無く挑んだ。
放たれる球。
ちょっと高めのストレート。
あばよ。私の青春。
球はバットに掠りもせず、ミットに収まった。
ストライク3、バッターアウト。
このマウンドに立つ事は、もうないだろう。
今の1アウトで全てが決まったのだから。
逆転さよなら勝ちも、最後の悪あがきも出来ずにマウンドを降りた。
「また負けた・・・おいそれしましたよっと」
「ふん。俺に勝とうなんざ10年早ぇよ」
「ホント、大人気ないって言いますか」
「勝負を持ちかけてきたのはお前だろ。手を抜く理由が何処にある」
「はははっ・・・完敗です」
結局、私はこの鬼にの前では非力な女子高生なんだ。
バットに当たりやすいように投げて貰ったのにも関わらず、全然掠りもしない。
これが私の脳内ゲームだ。
日常の会話とかを野球に例えて考えてみたのだが、あらためて思う。
この担任はゲーム、その他諸々においてカリスマ性を持ち合わせている、と。
悔しいが、今の私では到底勝てっこない。唯一勝てるとしたら・・・女子高生と言う若さ、だろうか。
ははーん。見つけちゃったよ私の勝利への道!
これで私も鬼に勝てるんですね!!キャッホゥ!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何見てんだ」
「いや、先生って・・・お肌ピッチピチやんけー!」
「…アホか」
ウフフ。この鬼に勝とうって思う方が馬鹿だったんです。
ウフフ。じゃあ、どうしたらこの鬼に勝てるんだ!!!
「聞いてなかったのか?俺に勝とうなんざ10年早ぇって」
「長い!絶対そのうち勝ってみせます!」
「精々足掻くんだな」
いつか勝てる事ができるのだろうか。
先生聞いて。私負けてばっかりだけど今回ばかりは勝利を譲れない。
逃げないから、勝負しようよ。
遅刻常習犯、。
そう言われ私は正門を潜った瞬間、声のする方へ振り返った。
こっそりと見つからないように来たつもりなんだけど、カミサマは見逃してくれないみたいだ。
あぁ、不運と嘆くのか。それとも必死こいて考えてきた言い訳をツラツラと述べるべきなのか。
そんな考えが一瞬にして通り過ぎ、何も言えないまま私は押し黙った。
「紅孩児、先生・・・」
「・・・お前と言う奴は」
褐色の肌に真紅の髪。さらりと太陽の光で艶を出しながら風に靡く綺麗な長髪。
襟足だけ長いその髪は褐色の肌に絡まらず、自由に散らばった。
ヤバイ。
確か真っ赤な髪は危険信号の証だっただろうか。
赤は止まれ。そう思ったか否かはわからないが、私は本能で思考停止に陥った。
「そろそろ職員会議の餌食になるぞ」
「そんな殺生な・・・」
「反省の色が見えないようだが・・・」
「ホントすみませんでした」
悪ふざけもこの紅孩児生活指導に言っても通用するはずもなく、と言うか最初からこんな態度じゃ怒られるのも無理はないと思う。
「お前も来年には受験生だぞ?わかっているのか」
「重々承知でございます・・・」
「じゃあ何故遅刻をする。両手両足じゃ全く足らんぞ」
今日はただの補習じゃないのか。いや、補習でも私は絶対来なくてはイケナイと仰せつかっているのだ。
と言うことは私だけ補習は通常の授業と同じで、遅刻もモチロン咎められる立場なのである。
それ以前に補習だけ遅刻していた訳ではないので当然のお叱りだ。
「成績が良いからって調子に乗っている、などと言われたくはないだろう?」
「それは嫌です」
「俺も良い気分はしない。そういわれない為にもにはちゃんと時間を守って欲しいんだ。わかってくれ」
「はい。本当に、申し訳ありませんでした・・・」
「説教染みた事を言ってすまんな。まだまだ挽回できる。頑張ろうな」
「はい・・・失礼します」
厳しくもあり、優しい紅孩児先生は本当に生徒の事を思ってくれている。それが伝わってくるから罪悪感が倍増されるのだ。
本当に、この遅刻癖を直さなくてはイケナイ。それはわかっている。
けれど、どうすれば改善できるのか今の私にはわからなかった。否、わかろうともしてないのかもしれない。
(これは本当にマズイ)
本格的に焦り始めた私は、次の補習からはちゃんと時間通りに来よう。そう胸に誓った。
しかし、実際に実行できれば苦労はしない。
そんな呆れた言い訳を考えながら、私は補習が行われているであろう教室へ向かった。
きっと、これから何度も何度も遅刻をしていたら、本当に見放されてしまうのだろう。
注意される間は幸せなのだ。紅孩児先生に見放されたら私は、泣く。
そして紅孩児先生から他の先生方・・・担任にも伝わり恋人関係も解消。それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
行き過ぎた考えかもしれないけれど、三蔵との関係が終わるのだけは絶対嫌だった。
「・・・今日で何回目だ?」
「1学期から数えて23回目です・・・」
「1年当初から数えて125回目だ」
教室に恐る恐る入るとまず最初に授業を一旦止め、呆れた様子の焔にぃの問い。
それに私は律儀にも答えると今度は教員机に座っていた担任の声。
誰も担任に聞いてないよ、といいそうになったが、登校初っ端から怒られ沈んでいた私は言葉を発する事ができなかった。
これでも凄く反省しているのだ。もう癖になっている遅刻を改善させれない自分に腹が立つ。
「・・・お兄ちゃんはそんなだらしのない子に育てた覚えはないぞ」
(どっかの叔母みたいな事言ってる・・・育てられた覚えはないのに)
「俺の責任でもあるのだが・・・担任にも責任はあるんだぞ、わかっているのか三蔵先生」
(三蔵は、悪くない――)
「大体今まで何を指導してきたんだ!時間通りにこれない生徒を野放しにして、これは職務怠慢ではないのか!?」
(焔にぃ・・・そんな酷い事言わないで。私が悪いのに)
「お前は教師失格――」
私は逃げた。全てに目を背けて、大切な存在を見放したのだ。
散々な言われようで、何も悪くはない三蔵が責められているのにも関わらず。
それなのに、私は逃げ出した。
「っ!」
今までのツケがいっぺんに回ってきたのかもしれない。
優しい紅孩児先生を裏切って、普段温厚な焔にぃもあんな事を言わせて。
全て私が悪い。
それを、わかっていなかった。
呼び止める焔にぃの声を無視して兎に角目に見えないまるで悪魔のような物から逃げる為、走った。
走って走って、躓きそうになりながらも足を緩めることはせず、ただひたすら走った。
「っ」
廊下ですれ違った紅孩児先生は何事かと慌てていたが、追いかけてくることはなかった。
やっぱり、既に見放されていたのか。
絶望と後悔がどんどん追いかけてくる。
逃げるな。
そんな声が聞こえても、逃げたかったんだ。
「玄奘先生まで・・・何追いかけっこしているんだ?」
「おい、紅!何で玄奘とが追いかけっこしてるんだ?」
「ソレは俺が聞きたい」
+++
「待て、!」
「っ――」
痛い。
全力疾走していた所、後ろから腕をつかまれ私は強制的に止まることとなった。
その原因の正体はわかっている。わかっているからこそ、後ろを振り返ることは出来ない。
なんで、追いかけてくるのさ。
「何、逃げてんだよ」
「ごめっ・・・」
謝れない。謝れないよ。
ごめんなさいなんてそんな言葉、言えるワケないじゃんか。
私は出かかった言葉を飲み込んで、あわせる顔が無いと言う様に俯いた。
これも『逃げ』だ。私は捕まえてくれた存在に対しても逃げ続けているのである。
「大方、自分の愚かさに耐え切れなくなってんだろ」
「・・・・・・」
図星を突いてる。でも、それだけではない。
私は、私の所為で咎められていた存在を見放したんだよ。
それなのに。
「それと俺があの野郎に責められる事に責任を感じている、そうだろ」
「・・・(なんで全部お見通しなんだ、この担任は)」
無言を肯定と取ったらしい担任は大きく嘆息すると共に、掴んでいた腕を放した。
態とらしいため息は私に直接打撃を与え、ついに見放される前兆かと思わせる。
あぁ。なんて自分は馬鹿なんだろう。今更ながら、己の馬鹿さ加減を再確認した。
「別に俺が何を言われようがなんとも思わん」
「――でもっ!私の所為で、私が…遅刻するから、」
「遅刻がなんだ。俺はそんなの気にしねぇ。お前はしすぎなのはそうだが、ちゃんと努力してる事も知ってんだ」
「でも、全然直せてないしっ」
「お前は、去年と比べて遅刻する回数が減ってきている事に、気がついてねぇのか?」
去年。夏休みまで遅刻の回数、48回。ほぼ毎日遅刻。
今年。夏休みまで遅刻の回数、23回。半数以下。
それに夏休みの補習も込みなので割合的には更に減少。
数字は嘘を着かない。は実際に成果を出していた。
「だけど、遅刻してる事には変わりないじゃん!」
「じゃあお前は、今までお前が努力してきた事を全部否定するのかよ」
「それは・・・」
朝。起きて顔を洗い寝癖を直して急いで朝食をかき込み早々に学校へ向かう。
時間はギリギリだけど、改善できる点は直してきたつもりだ。
けれど、それってただの言い訳に過ぎないのではないのか。
私はこうやって努力してきた。だから遅刻は見逃して欲しい。
そう言っている様なものではないのか。
でも、担任はそんな私の考えをキッパリ否定してくれた。
「そんなの言い訳でもなんでもねぇ」
「――!」
「全てお前がしてきた努力の賜物だ。それなのにとやかく言うなんざ、出来る筈ねぇだろうが」
なんで、そうやって私が望む答えをくれるのだろう。
優しさでも庇っているワケでもなんでもない。コレが事実なのだと、認めてくれたんだ。
嬉しかった。その一言が私の考えを否定して、包み込んでくれる様で。
「・・・課題出すのには遠慮ないけどね」
「ソレとコレは別問題に決まってんだろ」
「ですよねー・・・」
あぁ、凄い勢いで睨んでる睨んでる。
軽口は封印しますからお口チャックしますから怒らないでください・・・。
未だ目を合わせられないけど、ひしひしと伝わってくるこの眼力はなんなのでしょうか。
いくら嬉しいからって舞い踊っていては駄目ですよねわかります。
「あの野郎が言う様に、俺がお前に厳しくすれば良いとは思わん」
「・・・・・・」
「お前と付き合ってるから贔屓しているワケでもない。甘やかしてるなんざ以ての外だ」
「・・・うん」
「そこは肯定すんな」
「はい」
駄目だ。いくら落ち着いたからっていつもの調子じゃ意味が無い。
担任は別に特別怒る様子が無いみたいだけど、これでは駄目なのだ。
こんなに真剣になってくれているのに、優しさに縋っていては何も変わらない。
「もう少しでお前は変われる。そうだろ、」
「っ変わる。私は絶対変わってみせる!・・・だけど、それはいつになるかわからないよ?」
「待ってやるよ。お前が変わる様を見定めんのは、担任の役目でもあるしな」
「ありがとう・・・三蔵」
撫ぜてくれる掌の温もりを、失わない為にも。
優しく包み込んでくれる腕を、この先一生味わえない様にしないためにも。
何より、自分の為に。そしてそんな私を見放さないで居てくれるみんなに、三蔵の為にも。
「だから、逃げるな」
「――うんっ!」
ゲーム開始。
マウンドでグローブ片手に球を投げる担任。
バッターホームでバットを構える私。
その勝負、受けて立つよ。
今度は負けないように、逃げないようにするから。
いつも手を抜かず、全力であたってくれる担任。
堂々と真っ向勝負だ。
ピッチャーにサインは不要。
バッターに監督の指示は不要。
この勝負は、ストレート1本勝負。
変化球もデットボールも牽制もない。
打ち返せるか自分。
否、打ち返さなければイケナイのだ。
自分の成長を見定めてもらう為に。
ピッチャー振りかぶり、投球。
バッター構え、振りきって――
もう逃げ出さないから、見ていてください。先生。
私、がんばるからっ!
カッキーン――・・・
この青すぎるくらいの大空に伸び伸びと飛んでいったボールの様に、私も胸を張ってホームを走り抜けるんだ。
ゲームセット
(逆転なんて出来る程点数を稼いでないけれど、今はコレで満足さ!)
ATOGAKI
なんか話を大きくしすぎた気がする!でも反省はry←
野球=青春。そんな方程式を脳内で勝手に決め付けてる管理人は遅刻癖と結びつける意味がわからないと自分で言ってみる。笑
いやぁ、野球の用語が出てこなくて泣いた。そんで調べまくった!間違っている所があればご指摘を・・・!
一応補足として、紅孩児先生がヒロインを追わなかった理由は作中でも言っていた通り、
三蔵先生が既に追いかけていたので自分が追いかける必要性が無いと判断したからである。
厳しい事(?)を言っているが、やっぱりそれは優しさから来るものであって、王子は良き先生!って事が伝われば、と思います!はっはっは←
結構前から暖めていたネタなんですが、やっと完成して出せてよかったです!ちなみに順番的にこの話は7個目の予定でした^^^
ファイル名にも7って書いてあるんですよ〜どーでもいい話。笑