ほっこりほこほこ。

なんとなーく寒くなって来たかな、と感じさせる夕方の風に上着の袖を手繰り寄せ、空を仰いだ秋の始まり。
新学期をめでたく向かえてやり途中の宿題の存在を忘れ去った私は鬼の呼び出すお声を聞く事無く帰路についていた。

あぁ、なんとでも仰い。いくらでも罵ってください。

この降伏した兵士の如く戦場と言う名の学校から逃げ出してきたを。


「明日が怖いけど、今日中に宿題をやってきたらきっと許してくれる、筈。」


そんな私の考えは、やはり何でもお見通しな鬼に適う筈も無く、隣に幅寄せしてきた車から全てを悟る事となる。


「…何か言う事は。」

「ごめんなさい。」


と、言うワケで拉致よろしく捕まってしまった自分に泣きそうになりながらも隣で物凄い怒りのオーラを放つ鬼に気付かない振りをして 車が止まるのを待った。
素で土下座した時に汚れたスカートが十分に払ってもらえてないと訴えている気がしたが、やはり気付かない振りをした。




















 夕暮れに手を振り影を探す





















今日は母親が居ない。なにやら親戚のお家に行ってしまったらしい。
そんな事を今朝聞いた気がするが、寝起きの頭には右から左へスルーだけが発動されてしまったようだ。
なんでこういう日に限って…と自分の頭に忌々しさを覚えた今日この頃。

部屋には恐ろしい鬼という客人(誰も招いてない)が尊大な態度で座っている。
ココは貴方のお家じゃありません!と心の中で一喝しつつお茶を煎れる作業に取り掛かるとしましょうか。

本当は今日、母親が居ない事を知っていたんじゃないかってくらいタイミングの良さに悪寒を走らせ、珍しい茶柱にこれまた忌々しさをかみ締めた。


「粗茶です。」


何やらいつの間にか書類やらなんやらで散らかった机の上にスペースを作り、湯飲みを置けば眼鏡越しの紫暗の瞳と視線がかち合う。
それは一瞬の事だったが、鬼の言いたい事を瞬時に読み取れてしまった。いや、考えなくともわかるともえぇ。

――茶なんぞ煎れてる暇があったら宿題を片付けろ。

十二分にわかってますとも、えぇ。


「はぁ…毎回毎回理数系の先生は宿題を出しすぎなんですよ。だから理数系が嫌いになる生徒が出てくるんですよ。」

「量は減らさんぞ。」

「ですよねー!!」


どうせ鬼には適いませんよ。いくら学校で『鬼退治の桃太郎』なんて言われても蓋を開ければこんなもんだ。
鬼の有無も言わさぬ物言いで桃太郎、撃沈。村人よ、宝は諦めろ。
湯気と煙が絡み合い空気に溶けていく光景を横目に、僅かなスペースに宿題のプリントを置いて取り掛かる事にした。

数学と科学。一応数学はテストで満点を取った功績があるものの、どんどん進んでいく内容に追いつけなければ意味は無い。
そろそろ受験か、と考えさせられる瞬間でもあるのだ。即ち授業内容も追い込みに入っているのだろう。
めんどくさいの一言で片付いたらどんなに楽か。しかしまぁ、隣で淡々と次ぎのテストの問題を作っている鬼が居るんだから真面目にやるとする。

と言うか、生徒の目の前でテスト作成とか許されるのだろうか。
あわよくば答えを盗み見しちゃえ。自分の邪心が騒ぎ出しそうだ。実際はしないが。

「見たら0点な。」

と、仰っていることですし。











それにしても、やり辛い。何がどうやり辛いのかなんて愚問はおよしのよしこちゃんさ。
ぶっちゃけこんな至近距離で、しかも教室、いや数学準備室よりも狭い我が城に仲良く密接して勉強が捗るわけがない。そういうことだ。
緊張感が半端無い。BGMといえば紙が擦れる音とシャーペンを滑らす音だけ。
コレで集中しろとか鬼ですかそうですね鬼でしたね。我が城は一気に地獄と化してしまったようだ。ううむ、無念。

暫くすると基本、集中力なんぞお空の上な私は当然の如くプリントと向き合うことを放棄。
でも隣に鬼が居るのだから頑張らなくては、と思うものの気持ちとは裏腹に脳みそは活動を停止してしまった。
こうなってしまえば人間とことんやる気が無くなり休憩しようとオアシスを求めるものだ。
私は超人でなければ本物の桃太郎でもない。したがって欲のままに行動あるのみである。

「ちょいと休憩〜。」

「まだ1時間も経ってねぇじゃねーか。」

「お茶のお代わりどうですか?」

「いる」

呆れた口調とは裏腹にちゃっかりお代わりを煎れてもらおうとするところを見ると、あんまり気にしていないようで。
まぁ何を言われようが休憩するんだけどね。それに鬼にも休息が必要だ、と勝手な言い分を正当化しリビングへ向かった。

(もう、夜か…日が落ちるのも早くなったものだ)

階段の窓を見てみれば真っ暗で、街灯の光が遠くにポツリとあるだけだった。
まるでペンキをぶちまけたみたいない真っ黒な景色が、そこはかとなく寂しくて。
ただ単に夏が終わってしまった事実から来るものではないとわかっている。

思春期真っ盛りの時期、精神的にも幼く、これからだという時にお父さんが亡くなり母子家庭になったお家事情。
お母さんは夜遅くまで働き詰めで、1人で晩御飯だなんてしょっちゅうあった。
寂しくないと言えば嘘になる。でもお母さんは私や生活の為に、一生懸命汗水たらして働いてくれていたのだ。
我が侭なんて言えやしない。言いたくも無い。出来るだけ心配させないようにと布団に潜って眠る毎日。
今では高校の援助もあり、こうして普通の生活になった。寂しさなんてとうの昔にどっかいった。
でも、時たま甦ってくるものがあるのだ。


「……グスッ」


もうそろそろ高校も卒業だと言うのに、私はこれっぽっちも成長していない。
それがとても不甲斐なくて、悔しくて。


「茶はまだか。」

「…今、煎れて来ますー。」

「踏み外すなよ。」

「わ、わかってますー。」

「…ったく…この馬鹿娘が。」


掠め取られた湯のみ。その時に触れた指が暖かくて、視界が更に悪くなった。
温もりに包まれたら、もっともっと――何も見えなくなった。


「影ばかり探してねぇで、偶には月でも見上げてろ。この馬鹿。」


私は、時々思うことがある。三蔵は態とこうして家に来るんじゃないかって。
生徒と教師って立場の危険性を省みず頻繁に来るんじゃないかって。
自惚れかもしれないけれど、なんとなく。そう、なんとなく思うんだ。


「先生に縋りっぱなしですね、私ってば。」

「ふん。ガキは大人しく大人に縋っとけ。…今だけなんだからな。」

「うん、アリガトウゴザイマス。」

「突き落とすぞ。」

「いやーん先生ってば鬼ー。」

「…よし、望みを叶えてやろう」

「ゆるしてくださいホントすみませんでしたっ!」


言葉のワリには心なしか腕の力が強まっているのは気のせいではあるまい。



そんなこんなで数時間後、帰って行く鬼の車を見送った私は、寂しさなんて微塵も無く安眠する事ができた。
言葉は解り辛い表現の仕方だけど、遠まわしでも優しさを与えてくれる三蔵が好きだと胸に抱きながら明日の事を考える。
あぁ…宿題終わってないんですけど。



翌日、その次の日も私の心は温かく、一向に親戚のお家から帰ってこないお母さんに寂しさを感じる事は無かった。
むしろそろそろ帰ってこないと仕事に支障をきたすのではないかと心配する始末だ。
寂しくは無い。けれどいい加減帰って来て下さいお母さま。流石に放置プレイは悲しいよ…。


「じゃあ、また明日ですね。先生。」

「戸締りはしっかりしろよ。それと、火の元にも注意して…」

「わかってますってばぁ…心配性ですねぇ。今夜中にはお母さんも帰ってくるらしいので大丈夫ですよ。」

「…ふん。明日、遅刻すんじゃねぇぞ。」

「はーい。」


偶然帰りが一緒だった三蔵に送ってもらった私は、夕日が沈みかけた背景をバックにした三蔵に手を振る。そして自分の影を探した。
長くなったそれは車の影と合わさって、そして離れてゆく。いつか見た、幼い頃の記憶と重なって切なさが胸を締め付けた。
でも、もういいんだ。お父さんの面影を探す日々におさらばして、綺麗なお月様を探すから。
暗闇を照らしてくれる三蔵みたいなお月様を見上げて、楽しかった思い出を甦らそう。そう、決めたから。

「お父さん。もう寂しくないよ。」

お父さんを忘れるとかじゃないんだ。寂しさに縛られるよりも、確かにあった思い出を大切にしたいだけ。
お月様を見ると自然に暖かな気持になって甦る記憶に寂しさが消えていく。だから。


すっかり夕日が沈んでしまった街並みに背を向け、誰も居ない家に入る。
私の心には、既に影が跡形も無く消え去っていた。















影を照らすお月様

(悲しい面影は嬉しい思い出に)


















ATOGAKI
復活記念!とかいいつつ、肝心の残暑おみまいとか けだるい開設2周年記念 など全部吹っ飛ばしてしまった・・・。
実はそんな感じの話を書いている途中なんですが…順番が逆に・・・(´・ω・`)

うーん。なんだかなぁ…お父さんの事を言っているのか三蔵の事を言っているのかわかんないですよね。
自分でもわからないから性質が悪いと思うんだ。うん。すみませんでした。