風が、吹いていた。
所々汚れが目立つが、全体的に真っ白に塗りつぶされたコンクリートの上で私は目を瞑る。
春が訪れてから半分程来たところだろうか。
夏に向けて照り続ける太陽の光が眩しい。
私は決着をつけに来た。
新学期早々啖呵(?)をきられてから続く悪行の数々。
いい加減頭にくるよ。むしろ来ないほうがおかしい。
深く、長く深呼吸。
落ち着け。
落ち着くんだ、。
三蔵は渡さない。
その想いは絶対だ。
この場に居ない愛しのダーリンを思い浮かべ、若干落ち着いてきた。
屋上の扉が開く。
錆付いたそれが音を立て、その奥に立つ待ちわびた人物へと目を向けた。
メアリー。
そろそろ、この戦いに終止符を打とうじゃないか。
READY――
俺は走った。肩に激痛が走るが形振り構わず全力疾走。結構体力には自身ある方なんだがやはり歳には叶わないのか。
息が切れるもどかしさに喉を焼きながら廊下を駆け抜け、階段を駆け上り、それでも止まらない足。
「くそっ・・・!!」
昨夜はとの電話の後、晩飯も食わず直ぐに寝てしまったらしい。
そして朝、いつもより若干遅めに起床すれば隣に数日前から居候している光明が起こそうとしていたのか手を微妙に持ち上げた体勢でそこにいた。
通勤する時間に支障は無いが、まさか昔のように起こされる日がこようとは。
『おはようございます、江流。吃驚しましたよ・・・いきなり目を開くんですから』
『・・・おはようございます』
低血圧の三蔵は起き上がり、仕度を始めた。洗い立てのYシャツに腕を通しネクタイを締めるとスーツのジャケットを持った。
リビングに出ると既に用意された朝食。作ったのは同じく居候の身分である朱泱だろう。
湯気がたつコーヒーに口をつけ未だ完全ではない意識を起こそうと朝食に手を伸ばす三蔵。
そして、唐突に向かいに座る光明が口を開いた――。
「どうやら、俺の神経は鈍いらしい」
「今頃気付いたワケ?三蔵サ・マ」
「いやぁギリギリでしたね。最後まで気付かなかったら一発お見舞いする所でしたよ、僕」
屋上へと続く扉の前にはいつもの様に笑顔を携えた男と、触角の生えたマヌケ面の男。
2人とも心なしか楽しそうだ。その理由を三蔵は知っている。
「さぁて、話は向こうで聞くとしてちゃんが来る前にスタンバイしようぜ」
現在、4時限目の授業が終った所だ。そろそろ挑戦状に書いてあった通り、とメアリーが来るだろう。
一足先に屋上に集まった3人は足を踏み入れ、とりあえず給水等の裏へと腰掛けた。
ココは扉がある上で、屋上の様子が見渡せる絶好の観客席、と言った所か。
裏側なので直ぐ見つかる事もあるまい。こちらからは下の様子が丸見えなのだが。
「で、メアリーちゃんの素性はわかったのか?」
「・・・あぁ。今朝聞かされたばっかりだ」
「まったく鈍いにも程がありますよ・・・それ程さんしか目に映ってないんですねぇ」
心底感心を示す八戒を横目に、三蔵は今朝聞かされたばかりの話を簡潔に2人に話す事にした。
「メアリーは俺に一目ぼれしたんだとよ。しかもかなり前にだ」
そこから全てが始まり、しつこく光明に『三蔵にあわせろ、見合いでもいいかわさせろ』と言い寄り断わっていたのだが、終いにはこの高校に編入。
半年だけだがその間にくっつけば良いと、そういう目論みだったらしい。
「俺がまだ教育実習生と言う事もあり、苦労を増やさない為に黙っていたそうだ。全部な」
「んで、もう編入したと知って手がつけられなくなったから話した、と」
「三蔵に直に接触したとなれば光明さんにも手のつけようがありませんしね・・・」
「そういう事だ。ハァ・・・端から言ってくれていてもいいだろうに・・・」
「そう言いなさんなって。親心ってもんを理解してねぇな、あーたはヨ」
「それに檀家の方なんですから仮に、三蔵に言ってしまえば一悶着するのは目に見えているでしょうね」
それはどういう意味だ、と睨みそうになった三蔵だが、自分でもわかっていたので堪えた。
もしメアリー一家と揉めれば光明にも迷惑がかかるだろう。簡単に言えば、三蔵を危惧したと言うより自分の苦労を減らす為――。
「光明さんらしいですねぇ〜。そんなお茶目な所が」
「何処がお茶目だ何処が」
何食わぬ顔をし微笑む光明を思い浮かべ、三蔵は深く嘆息するのであった。
でも、頻繁にメアリー一家に言い寄り続けられていたのならば、それなりの苦労があっただろう。
と言うことは、なんともまぁ・・・マヌケと言うかご愁傷様と言うべきか。本音を隠した罰が当たったと言いますか。
「でも、漸くケリがつくんですから終わりよければ全て良し、なんじゃないんですか?」
「ふん。そうなれば良いんだがな」
少なからず、全ては三蔵が原因だと言っても過言ではないだろう。
八戒の言葉も一理あるのだが全て知ってしまった手前、気まずいのも事実。
「アレだ。ちゃんと落とし前はつけて貰ったんだからプラマイゼロっつー事で」
「この怪我も意味があったんですねぇ」
「・・・いいのか、それで」
思わぬ所で綺麗に納まろうとしていた時、いよいよ舞台の幕開けと共に、3人が隠れるのを余所にが屋上に来た。
ドアの不気味な音が聞こえ、瞬時に身を引き締める3人は静かに後ろを振り返る。
まだ1人しか来ていない。多分メアリーは直ぐ来るだろう。
息を呑むほど緊迫した雰囲気に緊張が一気に駆け抜ける。は現在、愛らしい笑顔など微塵も無く般若の如く・・・ゴホン。
「ちゃん、すんげー真剣な顔してんな」
「コレで真実を打ち明けたら・・・三蔵、ご愁傷様です」
「よし、全部忘れるぞ」
「「合点承知」」
変なところで意気投合する3人。三蔵はモチロンの事、他2名は自分に矛先が向くことを恐れるあまりか声を揃え大きく頷いた。
――GO!
「Hey.チャン!コンナ所ニ呼ビ出シテ、何ノツモリカナー?」
「とりあえず、その片言やめれば?日本語ペラペラなメアリーさん」
「ナーンダ、気付いてたの?でも、メアリーが片言じゃなくなったら判別するの難しくなっちゃうよ?」
「気付くも何も、流暢に喋ったのはメアリーでしょ・・・それに、文字上の問題はいわない約束」
「それは失礼したねー。で、一体なぁに、ちゃん?」
「分ってる癖に、しらばっくれるのも大概にして」
初っ端から険悪なムードを張り巡らせ、2人の間を風が吹き抜ける。
方や本性を曝け出した外国人編入生メアリー。方やいつもの締りのない顔はいずこへ。
この悪と正義が逆転した様な台詞回しですが・・・どっちもどっちですね。
さて。ココで状況を整理しておきましょう。
・の目的はメアリーを担任から引き離す事。
・メアリーの目的はを担任から引き離す事。
簡単に言ってしまえば両者考える事は同じです。類は友を呼ぶとは言ったものですね。
色々細かい事を話すと長くなりそうなので簡単に行きましょう。
勝った方が、三蔵先生を得る。
シンプルに且つ明確に。始まりのコングは既に――
「三蔵先生はメアリーのものだよーちゃん」
「その根拠は」
「メアリーと三蔵はね、ちゃんよりもっともーっと昔に運命の糸で結ばれてたの!三蔵はメアリーの王子様なの!!!」
「・・・・・・」
「だから、後から出てきた君は引っ込んでいてちょうだい!」
説明を省略しますが、『運命の糸で結ばれていたの!』と『三蔵はメアリーの王〜』の間に長ったらしいラヴストーリーが入っていました。
皆様ご存知のとおりです。聊か・・・と言うより大幅に3割増しな話し方だったのですが。
ソレを黙って聞いていたは既に意識は上の空だ。ゲッソリ気味にそろそろ完全に飛んで行ってしまいそうな意識を繋ぎとめるのが精一杯である。
反対にメアリーは目を輝かせ、しかしキリリと眉を寄せをにらみつけた。元が可愛い顔立ちなのでその怒った表情も可愛い。
そんな事を不謹慎にも頭の隅で考えつつ、は強烈な一言を言い放った。
「でも両思いじゃないんだよね」
「ぎゃぼーっ!!」
更に追い討ちをかける。
「ごめんね。私たち両思いで」
「いやあああああああああああ!!!!!」
今度はメアリーが撃沈する番であった。
+
「なぁ・・・なんなのヨ、この戦い」
「・・・殴り合いじゃないだけマシなんじゃないですか?」
「くだらん・・・」
+
床にへたり込むメアリー。ソレを見てちょっと可哀想になってきた。
太陽は相変わらず燦々と2人を照りつけるばかりである。風は若干冷たくなってきたような。
「きっとさ・・・」
沈黙が支配する中、が唐突に唇を開いた。
「出逢った時とか、コレまでの時間とか関係ないんだと思うんだよね」
静かに、メアリーに優しく言い聞かせる様に朗らかに。
「メアリーはずっと昔から好きだったって言うけど、私もその思いは負けない自信がある。時間では叶わないけど、それ以上に大きいものが確かにあるんだ」
メアリーは俯いたまま顔を上げない。握った拳が震えているのが見て取れた。
同じ恋する乙女同士、メアリーの気持ちは痛いほどわかる。だがには譲れないものがあるのだ。
勝ち負けとかではなく、どっちかは必ず傷付く。その世知辛い運命が重く圧し掛かるかのように、の心にも鉛が落とされた。
「ホント、ごめんね。どんなにメアリーが三蔵を好きであろうと私は渡す気はないし、三蔵だってメアリーに振り向くとは考えられないし?」
アレ?
「この頃忙しくて二人の時間が無くてちょっとイライラしてたけど今度何処か遠出する約束したから全然無問題!」
ちょ、さん!?
「何が言いたいかと言うと、私と三蔵は誰かが入り込める隙間が一切合財全く無いって事なのさ!わーっはっはっはっはっは!!!」
、敗者を労わると言う気持ちは全然無いようです。むしろ、今までのお返しと言わんばかりに復讐の闘志を燃やしている。
この様子から見てどれだけ不満と怒りが溜まっていたのかが伺えた。
それにしてもこの女・・・性悪である。(ちーん)
「・・・・・・ぶっ壊してやんよ・・・」
ユラリ、と立ち上がったメアリーは低く唸る。そして何処からともなく取り出したモップが右手に握られていた。
どこかで見た気がする光景だが、ソレより憎しみが深いのではないか。
一方、はと言うと、同じく何処からともなくモップを取り出し肩に担ぐ。
「鬼神に勝とうってのかい?」
「君が鬼神ならメアリーは龍神よ」
「その組み合わせはおかしいから!日本の文化を一から学びなおして来い!」
「Be quiet!全部全部、君が悪いのよ!君さえ居なければ三蔵は私の王子様になったの!!」
両手でモップを構えメアリーは涙ながらに叫んだ。ぽろぽろと流れ落ちる涙は重力に逆らう事無くコンクリートの上にシミを作る。
拭う事もせず怒りなのか、嫉妬からなのか複雑に絡まる感情を瞳で訴えを真っ直ぐ見やった。
可愛い顔なのにそんな凶悪な表情を浮かべるだなんてご先祖様も草葉の陰で泣いておいでだ。目の前で睨まれるは何処か冷めた思考回路で思う。
「オイオイ・・・この状況はちぃーっとばかしヤバイんじゃね?」
「怪我が治ったばかりだと言うのに、さん・・・」
「・・・・・・」
給水タンクの陰に隠れて見守っていた3人は銘々息を飲んだ。
血みどろの戦いになってしまうのか。モップを構えた2人は今にも飛び掛りそうな空気を纏っていた。
「君は邪魔なの!メアリーと三蔵の物語には邪魔な魔女なの!!だから、お願いだから、三蔵をメアリーに返して!返してよ!!!」
悲痛な叫び声がの胸に突き刺さる。本当に邪魔な存在はメアリー、あんただ!とは言わないけれど。
何故、こんなややこしい事態になってしまったのだろうか。
ソレは間違いなく本人の所為なのだが・・・「調子のってすみませんでした」は心底後悔した。
風、吹き抜ける屋上でモップを構えた女子生徒2人がにらみ合う。
モップ対決。その戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。
譲れない、想い
(正真正銘の真剣勝負だ)
ATOGAKI
長くなったので一回区切ります。10話でまとまらないな、こりゃあ・・・汗。でも頑張ってまとめちゃおうと思います。
ほぼ、プラマイゼロですね。光明さまの本音と建前とか、三蔵先生の怪我と思わぬ真実とか。まだ見落としてる部分がありそうで怖い。笑