それはある日、冬の寒さが身に沁みる季節。

私は何故こんな寒い中スカートで足を曝し、この学校には女子にもズボンが無いのかと悪態ついている帰り道の出来事だった。

そう頻繁に車で楽できる筈も無い、極々普通の時間帯での下校時間。

冷たい風が足元から全身にかけて吹き、冬の寒さにマフラーを引き寄せ白い息を吐いたその瞬間。


私は確かに、後ろから自分とは異なるもう一つの足音を聞いた。


「・・・まさか、ね」

聞き間違えで無いとしたら、これはもしや。呆れ混じりに背後に居る人物を思い描きながら後ろを振り返ることにした私。

どうせ過保護などっかの担任が送ってやるよ、とツンデレな態度で来たのだろう、そう思っていたのだ。

足音もだんだん早くなり、もう直ぐ私の真後ろに到達する。そしてそのまま追いつき私の肩を叩くのだろうと予想できた。

しかし、それは目線の少し上、カーブミラーから見えた姿を捕らえてしまった時、一気に身が凍りつくような錯覚に陥ってしまったのである。

全身真っ黒に身を染め、深く被ったチューリップ帽子で頭部を隠した見知らぬ男の姿を――































きーんこーんかーんこーん


いつもと変わらぬ鐘の音が校舎全体に響き渡る、午前中の半ば。
数学を担当とするの担任、三蔵は次の授業に向け職員室に宛がわれた自席で荷物を纏め立ち上がった。
とんとん、と手に持ったファイルやらなんやらを整えて脇に抱えふと、本日1度も会って居ない己のクラスの問題児を思い浮かべる。


(今日もまた、遅刻か・・・それとも欠席・・・?)


朝から何度もコールを鳴らしては居るものの、珍しく出ない問題児。寝ていたとしても着信音で飛び上がる癖して、珍しい事もあったもんだ。
いい加減あの遅刻癖をなんとかして欲しいと頭を抱える三蔵は、今までに無かった現状に少しばかり憤りを覚えていた。
昨日最後に顔を合わせた時はなんら変化は見受けられなかったのに、今日はどうしたと言うのか。
己の受け持つ生徒である以前に、恋人としての感情も入り混じるこの焦燥感。なんだと言うのか。
学校内もその他生徒たちもいつもと変わらぬ情景なのに頭に過ぎるのは不安ばかりで本当に、何故。
とりあえず、次の授業が終わったら時間が空くのでそれまでに来なかったら自ら迎えに行こうと考えを振り払った。
それでも一度気になりだしたら確認しないと思考に埋め尽くされる脳内。三蔵はこの1時間、授業に身が入らなかったとか、なんとか。


「三蔵先生、はいつ来るんだ」

「知るか」

「俺はが居ないと言うのにそんな落ち着きを払えないぞ、担任の癖に本当に心配しているのか!?」

「貴様も一応副担だろ。自分で確認したらどうだ」

「は俺の電話に出てくれないんだ・・・!反抗期か!そうなのかー!!」

「ハァ・・・」


授業が終わるなり唐突に詰め寄ってきた副担、焔をあしらいながら嘆息。
焔が言う様に三蔵は平常心を保っていて、傍から見ればいつもの遅刻だろうと諦めている様に見えているのだろう。
しかし見た感じと打って変わって三蔵の思考回路その他云々は全ての事で埋め尽くされていた。


「近頃不審者が出ると騒がれているのに・・・もしかしての身に何かあったのでは!?」


そう、不安の元は昨日放課後に開かれた職員会議での深刻な知らせの所為でもあったのである。
曰く、下校の時間を見計らって通学路付近で生徒や地区の住民が不審者を目撃しており、それが何件も相次いでいると言う。
数人ほど被害を受け、内容はセクハラなどソフトタッチをされたとの事。一回触られるだけでも女性と言うのは恐怖を覚えるものである。
しかし犯人は未だ見つからず、今もこうしてのうのうとセクハラを繰り広げている事だろう。
どんな遊快犯だかなんだか知らないが、早々に手を打つ必要があるのは明白である。


「今日から学校周辺の警備が始まるからと言って、安心できるものではない・・・こうなったら俺が送迎しなくては・・・」

「貴様はそれでも教師か。いくら親戚といえども贔屓は許されんだろう」

「お前は独り身だからそんな事が言えるんだ!!自分の妹や恋人、大事な人が襲われたらと想像するだけで…あぁ!!早く元気な顔を見せてくれ!!」

「わかったから、貴様は次ぎの授業へ行け。鬱陶しい」

「お前と言う奴はー!!」


背後で喚いている声を聞かぬ振りをして、三蔵は自分で分っていないが歩調を速め、駐車場へと向かう。
もし被害に合っていたとしたら真っ先に己に連絡すると思うのだが・・・女心と言うものを分っていないこの男はやはり分らない。
不安はあるものの、これでただの寝坊だったらぶん殴ってやる、と先ほどの憤りを再び覚えるのであった。

















 +++

















怖かった。とてつもなく恐怖を覚えた。

前に幼馴染といざこざはあったが、それとこれとはワケが違う。


「なんなのさ・・・あのおっさん」


見知らぬおじさんだった。そしてなんかハァハァしてて・・・生理的に無理な感じで。

そういえば以前、校内で噂されてた不審者とかいたよなぁ・・・もしかしてアレがそうなんだろうか。

回覧板とか街の掲示板に張り出されていた掲示物。アレにも書いてあったような。

まさか自分が被害にあうなどと誰が予想できたでしょうか。あぁちゃんと言いつけを守って誰かと一緒に帰ればよかったんだ私の馬鹿野郎。

ってか私って結構事件とかに巻き込まれるの多くない?え?そんな事無い?それこそ、んなこたぁない、ですよ。



は1人、自室に篭ってベットの上で布団の中に潜っていた。昨日は結局一睡も出来ず、今に至る。
母親が何度も殴りこみ・・・もとい起こしに来たが具合が悪いの一点張りで押し通した。
兎に角外に出たくなく、誰にも打ち明けられないこの性的被害に悩み、脅え。
小刻みに震える体を抱えて、こんな時に携帯があればと思うが学校に置きっぱなしだという事に気付くのも後の祭りだ。
例え今この場にあったとしても、一体誰に言えばいいと言うのか。母親にも言えない事を担任に言う?無理だ。絶対に。
つくづく運が無いのだと割り切れたらどんなに楽だろうか。思春期のにとってはとても重いものに感じるのであった。

と、そんな時。家の外で聞きなれたエンジン音が聞こえた。


「やっぱり、来ちゃいますよねー・・・」


まるで自分の家と言わんばかりに普通に入ってくる足音も聞こえ、益々追い詰められていく錯覚に陥る。
腹を括るしかないのか・・・もう部屋についてしまうであろう、足音の持ち主を思い浮かべはあろうことか、狸寝入りを決め込んだ。


「おい」

「私は寝てます」

「そうか。だったら一生寝てろ」

「ありがとうございます」

「永眠コースもあるが、どっちがお好みだ」

「選択肢無いんですけど」

「あるわけねぇだろ」

「ですよねー!」


くぐもった声はするものの、一向に布団から出てこようとしないに、今着いたばかりの三蔵は怪訝に思う。
この際引っぺがしてでも拉致って行くかと考えたが、目の前に出来上がっている布団のオブジェが小刻みに震えているのを目の当たりにしやめた。
とりあえず、ワケを聞こう。話はソレからだ。


「・・・何があった」

「別に、なんとも」

「じゃあ何故布団から出てこない」

「寒いので・・・」

「暖房ガンガンで何をほざく」

「それでも、寒いんです」

「・・・?」


「震えが、止まらないんです」


「――っ!」


ガバリ。三蔵は一気に布団を剥がした。
そこに現れたのは、まるで胎児の様に丸まり震えるの姿で。
全て三蔵にはわかってしまったのだ。


「被害に、遭ったのか」


一言問いかけると僅かにビクつく。彼女をココまで脅えさせた事実に、先ほどと違う意味での憤りが三蔵のなかで渦巻き、煮えたぎり。
小さな体を抱きしめるしか、今の自分にできる事は無い。暖められた部屋とは対照的なの体温に、三蔵は回す腕の力を一層強めた。


「大丈夫だ」

「・・・っ」

「大丈夫だから」

「う、んっ」

「好きなだけ、泣きやがれ」

「さ、んぞう・・・!」


腕の中で堰を切った様に泣きじゃくるを抱きしめ、静かに湧き上がる怒りをそのままに三蔵はその場から片時も離れる事はなかった。
次ぎは昼休みしか残っていない。それより最優先させるべきはの傍に事だ。
今はただ、が落ち着くまで傍に居るのが重要なのである。



翌日。

は重い重い体を引きずりながらも何とか学校にたどり着く事が出来た。
隣には何故か教員の筈の焔が居て、態々迎えに来てくれたと言うわけである。
その事に不謹慎ながらもは何故三蔵じゃないんだ、と悪態つく元気はある様子。
ともかく、焔に支えてもらいながらもまるで老人扱いさながらな足取りで教室へと向かった。

「あ、ありがとう・・・焔にぃ・・・」

「大丈夫か、」

「うん。なんとか・・・焔にぃのお陰でココまで来れたよ、ありがとう」

「具合が悪くなったら直ぐお兄ちゃんに言うんだぞ?のためなら直ぐ駆けつけるからな」

若干過保護にも見える焔の態度は本気で心配している事が全身から表れていて、その事が今のには救いになるのは事実。
教室に入ると友人筆頭にクラスメート全員から心配の言葉を投げかけられたりと、は心底嬉しかった。
そして朝のHRのチャイムが鳴り、少し遅れながらも担任が登場。ガラリと開け放たれたドアを注目する生徒たちは呆気に取られる事となる。

「き、起立・・・礼・・・・・・?」

号令の挨拶はといつの間にか決まっているのでいつもの様に声をだした、のだが語尾が疑問系になっていた。
ソレもその筈、体調不良とはまた違った声を発する、否、生徒全員が驚きの表情を浮かべ今しがた入ってきた担任へと視線が注がれる。
その原因とは、一体。


「三蔵先生・・・どうした?」


同じく吃驚していた焔がいち早く我に返り、三蔵に声を掛けた。



「ちょー、チョベリバ・・・」



教室内の全員が『古ぅっ!!』と内心一致で思った事だろう。こればっかりは仕方ない。
全員の注目の的になった三蔵は教卓の所に設けられた椅子にぐったりと座り込むと、息絶え絶えに名簿を開く。
一体どうしたと言うのか。担任は全身に髑髏なオーラ(悪までもイメージ)を纏い、どことなくゲッソリしていたのである。

「先生・・・もしかして、熱でもありますか?」

目の前に立っていたは自分より遙かに具合が悪そうな担任を見かねて、図星を突く。
ちなみに今現在、みなは起立したままだ。が着席と言うまで座れなかったりする。

「大丈っゴホ・・・ずぴ」

最後まで言い切る前に咳が邪魔をして、終いには鼻水までも妨害する現状に、皆は不安の色を濃くした。

あの鬼が、風邪?
明日は槍でも降るのか?
いや、その前に風邪菌さえ寄せ付けないと思っていたあの鬼が・・・。

珍しい事態に困惑とどこか恐れを抱いた生徒たちは後ずさる。みんな薄情者だと言うのは過去に何度か前科があるのでご存知の通り。
一同騒然。その様子に気付けない三蔵は座れと促すと、とてもじゃないけど聞き取れない出席確認をし始めるのである。

「徳川・・家みっ」

「それ歴史上の人物ですよ先生!!」

「じゃあ・・・伊達」

「じゃあじゃないじゃあじゃ」

一見ふざけている様にも見えるが、そうでは無いのは明白で。生徒たちは漸く事態を飲み込むと、次々に心配そうに保健室へと促し始めた。
時間は掛かったが、それほど珍しく、怪奇な現象だったので全員が全員、信じられず対処に遅れたのである。


そして保健室。
先ほどが焔にしてもらっていた様に肩を貸してもらい三蔵は保健室に行った。
モチロン相手は焔だ。なら喜んで引き受けるが何故、コイツなんだと悪態吐くのは当然の理だろう。
保険医である八百鼡にバトンタッチすると早々に教室へと戻っていった。コレもコレで薄情な奴である。

「まぁ三蔵さん!どうしたんですか?!」

「風邪・・ですね、コレは」

「朝はさんかと思えば、今度は三蔵さんですか・・・」

「私はそんなに大した事じゃないんですけど、ってか先生を見たらすっかり元気になっちゃいましたよ」

苦笑するは違う意味で顔色が悪い。も然り、三蔵の様子に驚いているのだ。
理由は兎も角、苦しそうな三蔵を早々にベットに寝かせないと危険である。のだが、ベットを区切るカーテンを開ければそこには。


「ってあんた等もかい!!」


ついツッコミを入れてしまったが見たものとは。


「あーゴホッ・・・、ちゃん・・・元気?」

「元気?じゃないですよ悟浄先生・・・」

「あっははゴホッ・・・いやぁ、情けないです・・・ズズ」

「八戒先生、それに悟空先生まで・・・みんな揃って風邪ですか?」


ベットに横になっていたのはこの学園最強最悪と歌われた教師4人。揃いに揃って風邪を引いたとの事。
苦笑する保険医八百鼡はベットの空きが無い事に悩むが、ソレより先に三蔵は重たい体を駆使し悟空を床に、あろうことか落とした。


「いでっ!な、何すんだよっ!」

「貴様はソファで十分っだ」

「んなっ!ゴホゴホッひっでぇずぴぴな!」

「人語ッホゴホ喋れっ」


「2人とも目くそ鼻くそです」


と、言うワケでベットをもぎ取った三蔵は尊大に寝転がり、一方悟空は渋々ソファに移動することとなったのであった。


「で、一体みんなそろって如何したんですか?」

「それがですね・・・昨日、さんの弔い合戦だとかなんとか言って犯人探しに躍起になったんですよ」

「死んでませんけど」

「そして不審者は確保できたんですけど、ねぇ?あんな寒空の下、風邪を引かない方が無理ですよね」

「嬉しいやらなんやら・・・複雑です」

「本末転倒・・・いや、ミイラ取りがミイラになるみたいな」

「八百鼡先生、それちゃっと違う気が」

「ともあれ、今の現状に至るわけです」


気持ちは嬉しいが、それにしたってみんな揃って風邪を引かなくとも・・・と苦笑するは、困惑に表情を曇らした。
犯人確保の場面が浮かぶは最終的には嬉しそうにはにかみ、4人の様子を窺う。
何よりみんなが心配して犯人を捕まえた事が嬉しい。けれど、だからと言って風邪を引くのもどうかと。
嬉しさと呆れ半分、素直に喜べないのであった。

「俺さー・・・女装までして頑張ったんだっぜ?」

「悟空先生が、女装・・・それはそれで見たい気が・・・と言うか適材でしたね」

「あ、僕記念に写真撮ってありますから後でお見せしますよ」

「ちょ、八戒!いつの間にそんなの撮ったんだって!!」

「あはは。後で見せてもらいますね!」

コレだけ元気があれば、明日には復活してるかな、と不安が幾らか無くなったは保健室を後にした。

「それにしても・・・さんのお陰で犯人を捕まえられましたね」

「俺らが風邪引いちまうのは良いとして、ちゃんにはつらい事聞いちまったからな。まぁ三蔵サマがだけどヨ」

「酷な事しますよねぇ、三蔵」

「ホント、セカンドなんちゃらって言葉しってる?三蔵」

「貴様らな・・・」

保健室に残された教師5人は、各自楽な体制を保ちながら会話をする。
辛いのはのはずなのに、逆に心配させてしまった事が悔やまれると言う様に、己の不甲斐なさに苦笑するほか無い。

「三蔵はいいよな!コノ後ちゃんに手厚い介護されるんだからよ」

「え?三蔵さんとさんって・・・!」

「あ」

なにあともあれ、コレで不審者事件は綺麗に?幕を閉じた事に一安心するのであった。
八百鼡に三蔵との関係を知られてしまったのは、後の祭り。








踏んだり蹴ったり


                               (心配するほうが心配させてどーすんだ)













ATOGAKI
内心ってか本当、4人の努力に嬉しいんですよ、ヒロインは。笑

ちょっと最後のほうとかグダグダになってしまいましたが、最後はかっこいいのかよくないのか分らない教師4人はこんな感じです。
不審者を捕らえる場面を書こうと思ったんですが、長くなるので省略。それがいけなかったのか・・・orz
なにあともあれ、次回は長丁場に入りたいと思います。まだ最終章じゃないですよ。