「おぉ玄奘先生。良いとこに居た〜」
「?」
朝、の担任はいつもの様に気だるげに出勤した。内心は今日の事でちょっと浮かれている様子である。
しかし。ナイスタイミング、否バットタイミングでこの学園の古株教師、渡囲とばったり出くわしてしまったのが運のつき。
にこにこと普段では想像できないような笑みを携え、渡囲は三蔵の方に手を置いた。
嫌な悪寒がする。しかし時既に遅し。
三蔵は嫌々ながらも渡囲の言葉に耳を傾けるのである。
「丁度探していたんだよ。それでだね、君に頼みたいことがあるんだ」
「(薄気味悪ぃ笑顔なんざ浮かべてんじゃねぇよ)はぁ」
「ワシわな〜恥ずかしい話だが最近腰が痛くてね・・。若くてしっかりしている玄奘先生なら適任だと思ったんだよ」
「(この時期でこの渡囲が押し付けてくる事だと・・?まさか・・・!)」
「〜。じゃあよろしく頼むよ、玄奘先生v」
「(ふざけんなぁぁぁぁ!!)・・・はい」
若い教師は古株教師の餌食にされる。それが世の理、なのである。
認めたくないのもわかるが断れる筈なんてないのだ。
その被害者になったばかりの若い教師、三蔵は先ほど押し付けられた面倒ごとに渋々だが了承するほか無かった。
「受けちまったものは仕方ねぇ…チッ」
1人愚痴を漏らしつつ、三蔵は職員室の自席に腰掛ける。
ギシリと古臭い音をたてながら椅子の背もたれは三蔵の体重を支え、大きく撓った。
隣の席の悟空は既に朝練に繰り出している頃であろう。その事実が三蔵の腹の虫を一層追い立てる。
なんで、俺が。
別にアレを楽しみにしていたワケではない。が、きっとアイツは誘ってくるに決まっている。
そして今の事を伝えたら健気にも微笑むのだろう、『仕方ないね』と。
なんとしてでも埋め合わせは必須。どうしたものか。
苦悩していると、そこで三蔵の脳裏を過ぎったもの。それは。
今日は、いつもの如く私は遅刻してしまいました。よりにもよってその時間帯は鬼の受け持つ数学の授業中で。
こっそり入ってもどーせ見つかるのならいっその事堂々と入ってみようと思い立った私は盛大にドアを開け、大きな声でご挨拶。
が、それがいけなかったのか…否、遅刻せずに来れてもこの状況は変わらないのだと、思うのです。
あぁ、なんで朝からこんな糞重たい空気で授業を受けなくてはならないのか。なんで担任はこんなにも不機嫌なのか。
授業を受けている生徒が哀れに思えてきました。まぁ私もその中の1人になるんですけどね。
「おっはよーございまぁっす!!!!!!」
しーん。
「・・・アレ?」
は一思いにドアを開け、元気に挨拶をした。
が、いつも降って来るお叱りの言葉、ましてや怖い視線さえも向けられない。
普段ならまたかよーみたいに軽口を叩いてくるクラスメートも揃いに揃って何も言ってこない。
なんだ、どうしたみんな。シカトされたらちゃんだって泣いちゃうんだぞ、と冗談言える状況でもなかった。
悲しいが、それどころではないのである。重い。この上なく空気が重い。
「、おはよう…コソコソ」
の親友、えりが遠慮がちに挨拶してくれた。でも何故か小声だ。
絶対何か裏がある、と確信したは教科書を後ろのロッカーから出す振りをしつつえりに問いかけた。
「一体この状況は何?もしかして私の遅刻が原因…?!」
「いや、そーいうワケじゃないんだけどね…そもそもアンタの遅刻癖は諦めてるから」
「何気酷いこと言うねえりちゃん。泣いちゃうぞ」
「ウッゼ。兎に角、今日ね担任ってば渡囲先生に・・・」
「後ろ、無駄話するなら廊下に立ってろ」
「「すみませんでした」」
いつにも増して怖いです、担任。黒板で数式を書いているのだが見向きもしないでこの威圧感。
鬼オーラ、今日も絶好調ですね。
いそいそと自席に座るは目の前で背中を向ける担任に恐縮しつつ、ノートを開き隣の男子に教科書のページ数を聞きだした。
説明もせずただ黙々と黒板に数式を書いていく担任。
いつもならが男子と話をするだけでも視線を向けてくるのだが今日は本当にどうしてしまったのだろうか。
はこっそり誰にもわからないようにため息をついた。本当に見捨てられたのかな、と杞憂な事を考える。
それと、今日言いたい事があったのだが言うに言えないこの状況。どうしたものか。は悩んだ。
「玄奘先生、終了のチャイムが鳴ったが…」
現在新任教師で三蔵に指導されている焔の言葉を聞いても尚、ただ延々とだんまりを通す三蔵が居たとか、なんとか。
きーんこーんかーんこーん
「お昼・・一緒に食べられる状況でもなさそうだよなぁ…はぁ」
時は過ぎ、昼休みに入った校内はお弁当を広げる者、学食に駆け込む者、購買に我先にとダッシュする者。
色々な生徒が各々思い思いに校内に舞い狂う、お昼休み。
はそんな嬉々とした生徒とは裏腹に、暗い表情をして自席に座ったままで居た。
周りは既にお昼ご飯を食べ始める生徒たちで溢れかえっている。
何故はそんな中に1人悲しく沈んでいなければならないのか。
それは今日の朝体験した担任の様子の所為だった。
あんな担任の様子を見てしまったら誘うに誘えない。何故今日と言う日に限って・・・とは悪態をつく始末である。
まぁ今日だからでもあるのだが、まだ真相を知らないはふてくされるほかないのだ。
どうしたものか。本日何度目かわからないが同じ事を思ったであった。
と、そんな時。呼び出しor連絡がある時に使われる校内放送が響き渡る。
『呼び出しを申し上げます。2年A組のさん。至急、数学準備室までお越しください。繰り返し連絡します・・・』
古典教師の八戒の声だ。よりにもよって数学準備室とは・・・いや、これは今日の真相を聞くのにうってつけかもしれない。
そう思い立ったは足取り重く、教室を出た。いつもの癖で走ってしまう彼女は今日も元気です。
「、何度言ったらわかるんだ。廊下は走るんじゃ・・・」
「ごめんなさい紅孩児先生ー!!」
「全く・・・八戒に怒られたら怖いからな。今回だけだぞ」
何気に甘い紅孩児の言葉を最後まで聞かず、は兎に角走った。
やはり昼食を三蔵と一緒に食べられると言うのは、どんなに三蔵の機嫌が悪かろうが嬉しい事なのである。
「お早いお着きで、さん」
「ハァっハァっ…!な、なんですか、八戒先生」
職員室からの方が遠いはずなのだが先に着いている八戒。それを華麗にスルーしては着いて早々問いただす。
数学準備室には八戒の他に悟浄も居た。そして、奥の机に空気が重い空間が。
いつもならでかいソファにふんぞり返っているその人物だが、やはり何と言うか…うん。
「そうですね、単刀直入に申し上げます。今日は何の日ですか?」
「…近くの夏祭りです」
「ご名答。やはり知っていましたか」
「そりゃあ毎年楽しみに…ってまさか!」
「そのまさかです、残念な事に」
なんと言うことでしょう。は楽しみにしていた今日のお祭り。それに誘う前に断られると言うわけですねわかります。
ガックリと肩を落としたは八戒と悟浄が座るソファの向かいに腰掛けた。それでは真相をお話いたします。
「三蔵サマったら運がないっつーか、なんつーか。ご愁傷様っと」
「ゴキブリ、貴様、明日、ぶっ殺す」
「まぁそれは兎も角。さんもお分かりの通り、三蔵は渡囲先生に押し付けられお祭りの警備に借り出されてしまったワケですv」
「教師って大変だワナ〜。あーぁ、去年は八戒だったよな?ま、俺も道連れにされたんだけどもよ」
「そんな…渡囲先生の糞ダヌキめ…!」
と、言うワケで。毎年このお祭りになると生徒達の監視も兼ねてこの学園から1人、教師が警備に当たらなくてはならないのである。
それで見事今年の犠牲者になってしまった三蔵。運が悪いったらありゃしない。
「何で今年に限って…ちゃんと楽しくラブラブでぇとも出来ないなんてよー?」
そう、悟浄が言ったとおり今年はと言う彼女が居るのだ。それなのに。…それなのに。
「普段の行いが悪いとしかいい様がないですねv」
「八戒、あーた楽しんでるだろ」
「まぁ彼女の居ない男の僻みって奴じゃないですか?」
「性質悪いぞお前…」
そう言うワケで朝から不機嫌な理由はココにあった。冒頭の会話がそれである。
それを聞いたは奥の机で窓の外を見て黄昏ている三蔵同様、重い空気を纏った。
「まぁ…仕方ないですよね」
三蔵が想像した反応をするは苦しくも微笑むのである。あぁ、哀れ。
「埋め合わせはする…絶対だ」
いつの間にか隣に座った三蔵は煙草に火をつけ、言った。
それに今度は嬉しそうに微笑むはやはろどこかおぼろげで。
八戒と悟浄は顔を見合わせ、1つ提案するのである。
「では、こうしましょう。今回は僕達とお祭りに行って、警備している三蔵をからかいに行くと言うのはどうでしょうか?」
若干所ではない悪戯心満載の八戒の提案に、は乗った。もう自棄である。
それに苦虫を噛み砕いたような表情をする三蔵。からかいに来ると言うのは気に食わないが少しでもに会えると言うことが嬉しいに違いない。
八戒も偶にはいいことを言う。彼の本音はどうであれ、と三蔵にとっては好都合だった。
それに堂々とお祭りでぇとなんて出来ないのは確かだ。ならばお祭り中に偶然ばったり会う方が断然良い。
「八戒先生…良いお人や…グスっ」
「あはは。僕って健気ですよねぇ」
「自分で言ってちゃ世話ねぇぜ、八戒」
「兎に角、だ。に手を出したら許さんからな。それとに近づく野郎共から死守しよろ貴様等」
「わかってますよ、三蔵。たとえ悟浄だろうと容赦はしませんv」
「そりゃねーぜ、八戒…」
機嫌が直った様で、先ほどまで重い空気を放っていた三蔵は心なしか嬉しそうに、しかし若干気に食わなさ気であった。
ともあれ無事に事が収まって何よりだ。八戒と悟浄は2人に気を使い、昼食を摂る為数学準備室を後にした。
騒がしい連中が居なくなった室内に残された2人は、今朝の事を忘れ寄り添う。
が一方的に体を傾けているだけなのだが満更でもない様子の三蔵。あぁ、暑苦しい。
傍から見ればそんな言葉が飛んできそうだが、このバカップルには通用しないのである。
「先生も楽しみにしてくれたから、不機嫌だったんですよね?」
「・・・・・・ふん」
「うへへ〜素直じゃないんだから。あのね、今年新しい浴衣買ったの」
「そうかよ」
「興味なさ気?傷付くなぁ」
「そういうワケじゃねぇよ」
「そっか。それならよかったー。着て良い?」
「好きにすれば…いや、駄目だ」
「えぇ!?なんでー?」
「・・・」
口が滑っても他の野郎に見せてたまるか、と言う独占欲バリバリな発言はいえまい。だが、それでも許可したくない。
そんな思いが三蔵の中で交差する。さて、どうする三蔵。
「お祭り以外に着れないのに…あ、もしかして浴衣プレイがお好きですか?」
「主従プレイの次はそれか」
「あーれーやめてくださいお代官様ぁ〜とか。三蔵好きそうだよ?」
「俺をなんだと思ってやがんだお前は。まぁ…悪くはないがな」
「変態」
「欲に忠実と言え」
「ピー。教育的指導ですよー」
「俺だって男だ」
「・・・」
「オイ」
「・・・なんですか変態教師」
「テメェ…」
「嘘です嘘です!」
「ったく…それに付き合うお前も物好きだな」
「だって三蔵だもん。何を今更」
「それもそうだな」
あ、まただ。天然記念物並みの笑顔。まぁ手で見えないけどね。
なんか最近天然記念物な筈なのによく見るなぁ。もしかして私の前だから?なーんて自信過剰な事、言ってみる。
あぁ恥ずかしい。自分で言ってちゃ世話無いぜ。あはは。
「兎も角祭りは私服だ」
「はいはい。仰せのままに、お代官様」
「ご主人様の方が、」
「却下」
「チッ」
「コラ」
少し離れていたを引き寄せながら三蔵はふと、思い出した。
浴衣、祭り、2人…でぇと。朝、渡囲に警備を押し付けられ埋め合わせにと考えた事だ。
アレなら誰にも見つかる事も無く恋人を満喫できる。ならば。
「今度、俺の実家の近くで花火大会がある」
「花火大会?」
「埋め合わせだ。そこになら、着てもいい」
「ホント?りんご飴買ってくれる?」
「お前は食うことしか頭に無いのか」
「お祭りといったらりんご飴でしょ」
「仕方ねぇな…何でも買ってやるよ」
「うん!…花火大会かぁ…えへへ〜」
「その妙な笑いをやめろ」
「だって…だってー!!三蔵からそんなお誘いが聞けるとは…!うへへへ〜」
「…お前はそれでいいのかよ」
「十分すぎるくらいいいです!」
「・・・そうか」
彼なりに後ろめたかったのだろう。今回三蔵も楽しみにしていた(表面には出さないが)とは言えだってその何倍も楽しみにしていたに違いない。
不運だったと言えばそれまでだが、違う。を巻き込んでしまった事には変わりないのである。
申し訳ない思いが募っていた三蔵。しかし己の提案で喜んでくれれば、それでいい。鬼は鬼でも人の子なのであった。
「三蔵の実家ってどんな所?」
「田舎だ。どが付く位のな」
「大丈夫だって。お父さんの実家も田舎だし」
「そうだったな。…まぁ田舎だが花火大会の規模はそれなりにでかいだろう」
「三蔵と行けるんだったら大きさなんてどーでもいいよー」
「…そうかよ」
嬉しさからなのか、擦り寄ってくるをもっともっと抱き寄せ三蔵は思う。
今日の祭りはオジャンになってしまったが、こういうのも悪くはない、と。
「モチロン三蔵も着流しだよね?…ね?」
「…あぁ。もうお前の好きにしてくれ」
根に持つとは違うがちゃっかり物事を要求してくる辺り、も相当堪えていた…のかもしれない。
嬉しさ倍増
(残念だと思ったけど、もっと嬉しい約束してもらったし。女神は私に微笑むのね!)
ATOGAKI
こんち。夏だーって事で管理人の血肉沸き踊るお祭り話だぁああ!!って感じで書きました。
でも肝心の内容はなんか最悪な展開に。しかしココで終わる三蔵先生ではありませんよ!!
ちゃんと埋め合わせを考えてくれていた三蔵先生。もうヒロインは幸せ者ですね。あぁ羨ましい!←
今回は夏祭り篇って事でまたもや続き物。前後構成になっております。
んで、次に待ちに待った(?)埋め合わせ、花火大会に続く…と言う感じですぜ。
ちゃんと季節に合った物をかかねば取り残される!海の次はお祭りです!次ぎはどんな内容にしようか考案中だけども←
では。後篇に続く。