大通りから差し込む光が紫煙を照らし出し、煙草と吐息から出されたソレは寒い寒い真夜中の空気にとけてゆく。
その様子がはっきりとわかる程に、私が居る場所と彼が立つ場所のコントラストは対極だった。

真っ暗な闇の中に佇む自分。そして煌々と光を放つ街頭に照らされ金色で光を一層強める男。
シルエットから漏れる色合いは金と白、ソレが髪と紫煙だとわかるのはとても容易い事だった。
路地の入り口付近で壁に背を預け、ただただ煙草をふかしているだけの彼は私の存在に気付いているのか居ないのか それとも興味ないのか分らないが無言でそこに居る。私も近づく事はせずにジッと――動けないで居た。

(まるで、別人)

彼を知って居る者はどれ程居るのだろう。そう、今ココに居る『彼』と言うなのブランド品の素顔を。
普段神経は張り巡らされ一切の隙も許さない強靭なまでの紫暗の瞳。ソレを引き立たせる様に両の目を覆う金糸の髪。
そこから垣間見れる紫暗とはまるで、金の財宝の中、たった一つだが人を惹きつけるには十分なまでの一際輝く、アメジストの様で。

「――おい」

金糸のカーテンから覗く紫暗は一つ。その一つしかない瞳は此方に向けられ目が合った。
『彼』と言う名のブランド品は片目を負傷し、真っ白な包帯を巻き、しかしそれでも無機質に感じ取れる片方の眼孔はとても強く。
緊迫した空気とも似つかないこの寒い気温に、私は彼の瞳を見返し喉辺りまででかかった言葉を飲み込んだ。

「・・・・・・」

彼は気付いていたのだろう。私が今ここに居る理由と、今私が考えていたことを。

「こんな価値も何も無い命、奪ってどうになる」

その証拠に目線だけ向けていた瞳を戻し、短くなった煙草を足元に捨て踏み潰した。
あの恐怖のどん底に陥れんばかりの空気は、今この場には存在しない。コレが始めてみた、ブランド品の素顔だった。

「その通りだよ。『今』の貴方の命に価値は無に等しい。いや、ただの粗悪品と言ったところかな」

気だるそうに金糸のカーテンをかき上げ同時に露わになった白く巻かれた布には真新しい血。
無意識に、何も感じる事無く行われたその動作に嫌悪と、不安が募る。

――『彼』と言う名のブランドに傷がついた、ついてしまった。もしかしたら一生元に戻らないのかもしれない、と。
今までのように、例えば王の座に君臨し続けていたブランドと言う彼はこの世界から消えて無くなり、消息も絶たれ 今後一切お目にかかれなくなるのだとしたら。今ここで会話をする事自体、奇跡に近いと言うのに――折角、会えたのに。

「俺の命に価値なんざ、端からねぇよ。あんのは勝手に風潮に流された『偽りのブランド名』だけだ」

「でも『王』になるのにはそれなりの器が必要。そしてこの世界で貴方はいつの間にかでも頂点に立った。だから王の座にふさわしいブランドである事は明白。違う?」

「貴様も同じ、か。周りに翻弄され見たことも無い非現実的な存在を『在る』と思い込み、次第に漸増され今も尚、欺かれてるってのかよ」

彼は態と己の素顔を見せて居るのだと、今の発言から確信に変わって行くのがわかった。
彼は被害者なのだ。勝手に噂され、勝手に持ち上げられ、勝手に恐れられてしまった――哀れなブランド。

「一度植えつけられたブランドへの認識は、そう簡単に消えないよ。たとえ現時点で欺かれていようがいまいが、目の前に貴方が居ると言う事実は変わらない」

「わかんねぇな。本物見せても幻滅するでもねぇ、だからと言って何をするわけでもねぇ。一体貴様は何がしたいんだ」

心底理解に苦しむと肩を竦め、彼は嘆息する。今も尚街灯に照らされた周囲と横顔。その口元から白く色づいた吐息が勢い付き消えた。
私も分らなかった。問いの意図と分りきった事を聞いてくる、彼自身が。だから正直に答えて、様子を見てみる。

「貴方を殺しに来たよ。依頼主に頼まれて」

「んな事は知ってる。だから何故、今ココで殺さないのかと聞いてんだ」

もう一度、交わる視線。だけど先ほどとは異なる部分が一つあった。彼の瞳は視線の先――即ち私自身に興味を示して居る事だ。
自惚れならそれに越した事は無い。しかし、感情の揺れに敏感な私は何かを正確に汲み取った自身がある。
だから私も彼のように『仕事』の顔ではなく、素顔に切り替えるのだ。――折角、会えたのだから。

「やっぱり実物を見たら、感動するんだなぁと。観光客の気持ちが分ったよ。これが理由。おかしい?」

「・・・俺は見せもんじゃねぇ」

「私にとっては貴方はこの世界の『王』で手の届かない存在。一種の憧れにも似た物を抱いてると言っても過言ではない、――簡単に言えば有名人なのよ」

「世間のマスコミに振り回される民間人か、貴様は」

「・・・それは違うな。騙されてるのを知りながら、私は世界の掌の上で踊り狂っているんだよ」

「――っ!」

私は彼を知っていた。会うのはこの時が始めてだが、知っていた。世間に流される根も葉もない噂と違った、嘘偽りの無い本当の事を。
だから一目でもいい、会いたかったのだ。あの人が話す、王の実物を。

「貴方は『王』にふさわしい。容姿も、器も。全て完璧なまでの『ブランド品』だよ」

例え噂がただの過大評価だけの代物だとしても、私は知っているのだから。あの人から聞かされていた、彼の王の器を。
実物を目の当たりにするとそれは確信へと変わった。百聞は一見にしかずとは良く言ったものだ。

「貴様が俺の何を知っているのか知らんが・・・勝手に言ってろ。そして勝手に、狂っていればいい。俺の目の届かない所でな」

「それは残念。もう狂ってないんだな、これが」

「あぁ・・・?」

「貴方を見てしまったから。知りたいと追求した姿は見た、だからもう興味の対象外。以前求め狂い踊っていた私はもう居ないんだよ」

「・・・めんどくせぇ奴だな、貴様は。言っている事が無茶苦茶だ」

「”あの人”は分ってくれたよ?だからあの人は『王』にも分ってもらえるって言ってた」

「――あの人、だと?」

「うん。貴方も良く知る、あの人」

あの人は、今私の目の前に居る彼と久しく会っていないと寂しそうに笑っていた。
あの人にあんな顔をさせるのは彼だけ、その彼とは一体どんな人物なんだろうと個人的に気になったから、私はこの依頼を受ける事にしたのだ。
きっと依頼主はただ私と彼を会わせたかっただけなのではないかと今更ながらにそう思えてくる。
なんかきっかけを与えてくれたのだと、ココには居ない依頼主――所謂『あの人』を思い浮かべ、深く感謝する。

「私は貴方に会えた、それだけで満足だよ。粗悪品なんて言ってごめんね」

「・・・事実だろ。謝る必要なんざねぇ」

「うん。社交辞令って奴だよ」

「貴様・・・」

片目を負傷――と言っても瞼辺りだろう、その創傷からは血が流れ、白い布を染めてゆくのは止まる事を知らないかの様。
真っ赤に、真っ赤に。空気に触れ固まり黒く変色していくのはちゃんと手当てした後だろう、けれど彼は気にせずただ包帯を巻いているだけなのは何故か。 治る事を拒んでいるのか、己への戒めなのか、それともこのまま腐っていくのを楽しんでいるのか。
使い物にならなければいいと望む彼は自分に与えられたブランドと言う称号を嫌っている故の物なのか、私にはそれを知る術が無い。

――彼は間違いなく、粗悪品になる事を望んでいた。

「実際、この命なんぞ惜しくはねぇ」

――彼は粗悪品になる事に躊躇していなかった。

「貴様が殺しに来たというなら」

――彼は、私の事を見縊っていた。

「本当に、粗悪品だ。最低最悪の――『王』」

私は狂っていた。彼を見るまでは狂い、狂気に染め上げられ、ただ徒に踊っていただけ。
彼がどういう経緯でこの世界に入ったのかは知らない。私は彼が王になったのは当然の事だと認識している。 とても憧れた。あの人が私に言い聞かせた言葉を聞いて、勝手に尊敬の念が膨らみ、狂った。 だけど彼は私の予想を遙かに越え裏切り、今まで築きあげてきた物をいとも簡単に崩壊させてゆく。 私の理想を押し付けるワケではないが、違う。これは違うのだ。

「私が求めるのは、最高級品の『ブランド』」

確かに彼の容姿と器は見紛う事無き『王』であり、今は片目しか見れない瞳も一級品のアメジストでもちろん包帯で隠されている片方も同様。目に見えるものは全て『王』そのもの。
けれども、違うのだ。それは微風に揺れる程度で微かにしか確認は出来ないけれど、 幼い頃から言い聞かされ、現段階で私の瞳に映る実物より『本物』を聞かされてきた私には確かに感じた、僅かな違い。
今目の当たりにしてる彼は、この世界に必要で求められてきた王のブランドを持つ彼は、粗悪品以外の何者でもなかった。

「今の貴方はあの人が言ってた以前の貴方はとは程遠いよ。私の目の前には殺す価値も無い粗悪品しか、見えないんだ」

「貴様にそんな事を言われる筋合いはねぇ。知ったような口を利くな、不愉快なんだよ・・・!」

「知ってるよ。知っているからこそ私は失望した、私の純粋な気持ちを踏みにじられた気分なんだ!」

「俺には関係ねぇ事だな。貴様が俺の事をどう思おうが、どんな形を描いていたのかなんぞ、知ったこっちゃねぇ」

「・・・分ってる癖に。本当はただ勝手に与えられたそのブランドが気に食わないだけじゃないって自分で分ってる癖にっ!」

「――っるせぇ!!・・・それ以上くだらん事を言うなら、俺が貴様を殺してやる・・・!」


「本当に――殺せるの?」


「っ!!!」


何故貴方は死を受け入れられる?何故むしろその事を望む?何故敵前にも関わらず隙を見せ余裕綽々にその素顔を曝け出せる?

答えは簡単。彼にはもう――誰も殺せないのだ。

ブランドと言うのは大金をつぎ込みそこから満足感と共に得られる欲を満たす優越感に溺れる事へと誘う、とても価値のある称号。
安くバーゲンしているブランドほど価値が無いものは無いし、手に入れたくもない。
ブランドと言う称号さえ剥奪してしまいたいとさえ思う。いや、今すぐにでも無価値の粗悪品は排除したい。

「もし、本当に私が貴方を殺す事になっていたのなら、そんな簡単に殺せる無価値のブランドなんて御免被るよ」

手応えも何も無い、ただの無力な人間を殺す事に私は何の魅力も感じない。
同じ世界に君臨する彼、だけど高級品と言う王のブランドの称号を持つ彼は私の憧れだった。それが全てだった。
折角出会えたけれど見当違いもいい所だ。失望した。この上なく、忌々しい。

「私はあの人から毎日聞かされた貴方に、勝手に憧れを抱いた。そして貴方がこの世界に入った事を聞いてなんの抵抗も感じずこの世界に飛び込んだ」

「それで失望したなら自業自得じゃねぇか。貴様の勝手な事情に俺を巻き込むんじゃねぇよ!」

「じゃあ何故貴方は私に殺される事を望むの?私の『勝手な事情』に自ら巻き込まれようとしたのさ!!」

「それとコレは別問題だろうが!!!」

「同じ事だよ!!私は憧れた貴方を――殺したくて殺したくて殺したくて堪らないんだ・・・!」

「狂ってやがる・・・本当に、貴様はそこら辺で風潮に振り回される奴等と同じだ」

「違うよ。だって私は生まれてからずっと、あの人にこの感情を植え付けられてきたんだから」

「なんだ、と・・・?」

噂に翻弄されるそこらの人と同じにして欲しくは無い。この思いは純粋で、本物なのだから。
生まれてからずっとずっと抱いていたこの感情と思考は他の誰にも負けないくらい強く――濃密。

「この世界で王になった貴方は、私が今ココに現れなかったら何れ他の誰かに殺されていたでしょ?」

「・・・そうかもしれねぇな」

「それだけは阻止しなきゃいけないの。あの人に顔向けが出来なくなる前に――いや、私が私の為に貴方を殺さなきゃ駄目なんだ」

「言ってることが理解できん」

「そうだね、私のこの感情は他人に理解できないものだよ。でも、あの人は理解してくれたし、貴方になら分るって言った」

あの人がこうなる事を計算して私に言い聞かせたのかは定かではない、知る術なんて何も無い。
だけど、きっと心のどこかではこうなる事を望んでいたのだろう、あの人は。そうとしか思えないんだ、私には。
だからと言うわけでは無いが私は、喜んでその思惑に飛び込むのだ。植えつけられてきた概念とかそんなものは最初から存在しない。
最初から、そう、あの人から聞かされる以前から持って生まれた様な錯覚さえ覚えるくらい、この思いが生まれたのは、必然的に。


「私は、貴方を殺したいくらい――愛してる」


私はあの人からずっとずっといい聞かされてきた。彼の事を延々と、でも不思議と嫌ならず、 鬱陶しいとも、飽きたとも思わず、むしろ自ら彼の事をもっともっと知りたいと求め、耳を傾け続けた。
徐々に芽生え始めたこの感情を隠しもせずあの人に告白して、それが歪んだ言葉であってもあの人は穏やかに微笑んでくれたのだ。
まるでそれを分っていたかの様に、朗らかに、純粋に。

「はっ・・・くだらん。そんな感情は今すぐ捨てちまえ」

「捨てるには難しいくらい、根付いてるんだ。私の中にこの殺意――愛情はさ」

「・・・そうかよ」

「だから、私以外には殺されないで欲しい。貴方が死ぬ時は私が殺す時だよ」

それは絶対的な、押し付け紛いの契約。でも彼は否定もせず、ただただ懐から出した煙草に火をつけ、貪った。
それを肯定と取るか否定と取るか、迷う事無く私は自分の都合のいいように解釈する事にする。
未だ照らし続ける街灯の光を浴びていた彼は静かに此方に歩み寄り、真っ暗な暗闇に自ら飛び込んだ。
しかし金と紫暗は反対に輝きを増し、逆光さえも届かない闇の中でも鮮明に私の視界に映り、己の存在を主張する。

「偽りの称号だけになった俺でも、か。・・・相当な物好きだな」

「価値観の違いでもあるよね。非力になった事はむしろ、以前に戻ったと考えていいんじゃない?」




「――本当に、滅茶苦茶で出鱈目な奴だ」




そう言った彼は心底呆れた様に、喉の奥で低く笑った。










狂愛演舞、


  光と闇の仮面舞踏会



                                    (その素顔は求愛の印)







ATOGAKI
管理人にしては珍しい部類に入る(?)設定だと自負しております。笑
すごく補足したいです。素顔を曝したのは殺して欲しい、自分はもう殺す事が出来ないと言う主張であると共に、愛の意思表示。簡単に言えば一目ぼれ。
なんだよ。ヒロインと三蔵は両思いじゃねぇか。しかも前振り長い。そんな話。笑
終始意味不明。でも最後の台詞(無茶苦茶で出鱈目)で綺麗にまとめようとする管理人の不埒な考えから生まれた物語。ちゃんちゃん。なんか違う←