魔物が騒ぐよ
















The castle where a vampire is. X






























朝日が昇る、まだ霧が漂う早朝。寒いくらいの気温に身を竦めは庭に出ていた。
代々受け継がれてきた薔薇園が広がるそこには優雅に佇む机と椅子2つ。その一つに腰掛ける。
朝焼けの匂いが清浄で、結構好きだったりする。
周りには紅い薔薇が咲き誇り、手入れしていないのにその見事なまでの深紅は衰えることを知らないかのようだった。

「ココはいつ来ても飽きないなぁ」

座る椅子の傍に咲く一輪の薔薇を手に取り、は呟いた。
生まれてこのかた190年あまり。一族の者の中ではまだ年行かぬ少女なのだ。人間にしてみれば化け物この上ないのだが。
とういか吸血鬼の基準がわかりません。

「何をしている。こんな朝っぱらから」
「三蔵こそ、どうしたの?こんな朝早くに起きるなんて珍しいね」

「寒ぃんだよ」

寒い。確かに朝は寒い。こんな森の奥深くなのだから当然とはいえ当然のだが。

三蔵はいつも寝ているとき隣に感じる温もりが無い事に気付き起きてしまった、らしい。
本人には決して言わないが心の中で悪態をついておく。

「三蔵も気付いてるでしょ?…『魔物が騒いでる』。だから煩くて起きちゃったよ」

「また厄介ごとか。俺は知らん」
「そういわないでさぁ。きっとココに来るよ?」
「今は街に居るようだが…お前がなんとかしておけ。めんどくせぇ」
「年なんだからー」
「殺すぞっ」

つかさずハリセンを出そうとした所でが止める。あの一撃は勘弁してほしいのが本音だ。
興がそがれた三蔵は舌打ちをして空いている方の椅子に腰掛けた。たまには、悪くない。そんなご様子。

森の『魔物たちが騒いでる』。実際には聞き取れないのだが感じるのだ。
だから、は起きた。おきてしまった。
こんな騒がしいのに寝れる金髪を恨めしいと思ったが、彼は神経が図太いと言うかなんと言うか。
そんな三蔵が羨ましいのである。は。
まだ吸血鬼として半人前らしいは魔物たちの喧騒をシャットアウトすることも出来ず、今に至る。










来るよ

恐ろしいモノが迫ってる

来るよ

早く逃げないと殺されちゃうよ?

来るよ 来るよ 来るよ――…











「五月蝿い…!あーもう!!静かにしてよ!!」

「ヒステリー起こすな馬鹿娘。そんな『声』なんざ気にするな」

「だってっ!頭の中に直接響くんだもん!どうしろって、いうのさ…」

「あと、10年くらいしたら聞こえなくできるだろ」

「…遅すぎるし」


これでは同属達に笑いモノにされる。上級貴族が魔物たちの声で魘されるなど、言語道断だ。恥ずかしいことこの上ない。


「お前は回りに煩労されすぎるんだ。ただ頭の中で遮ろうとすれば出来るはずだろ」
「だって…」

「ったく…しょうがねぇな」


フワリ、との両耳に暖かい温もりが触れた。三蔵の手が耳を包み込むように、全ての音を遮断するかのように添えられたのだ。
途端に頭の中で響いた『声』が止む。聞こえるのは三蔵の手に流れる血の音、ただそれだけ。
先ほどの喧騒が嘘のように鳴り止んだ。

「わぁ…!すごい!静かになった!」
「その『感覚』を忘れるんじゃねぇぞ」
「うん!ありがとう三蔵」
「今度はお前の方がうるせぇな」
「何ぉー!」

聊か賑わう薔薇園の中心。平和だ。












来るよ

恐ろしいモノが、ホラそこまで迫ってる

僕等は隠れるよ

見つかったら殺されちゃう

来るよ ―――














「来た」












空気が変わる。風の匂いが見知らぬ香を運んできた。

何者かの来客を知らせる。



「おはようございます。吸血鬼の住むお城は、ココでよかったですか?」



迷路のような薔薇園の角から出てきた青年。その男は銀の装飾銃を手に持ち、と三蔵の目の前に現れた。



「勝手に入るなんてどういう了見だ」


「不躾なのは承知です。しかし、吸血鬼相手に遠慮も何もないでしょう?」


「…ようこそ。吸血鬼の最高位を誇る、玄奘三蔵伯爵のお城へ――ハンターさん?」



がクスリと笑った。


三蔵の眼孔が青年を貫いた。


青年が銀の装飾銃を撃った。




パンッ――




静かな薔薇園の一角に銃声が響き渡る。しかしそこには狙ったはずの吸血鬼の姿はなく、青年は舌打ちを一つ。
逃げられた。そう気付くのには遅く、ただ1人、青年は薔薇園に残された。














「ちょ、マジで不躾だね!いきなり撃つことないじゃん!」
「ハンターなんぞそんなもんだろ」
「なんかヘイゼル司教を思い出した」
「それは思い出したくない過去だ。忘れろ」

ココは城内の最上階。幾らか狭いのだが、それは他の部屋に比べればの話で、軽く畳20畳分の広さはある。
取り付けられた窓から下を覗くと、先ほどの青年が丁度城内に侵入してくるのが見てとれた。不法侵入とはいただけない…。

「ホント、マジで、私達の家に入ってくるなんて許せない。殺していい?答えはきいて「特撮はやめろ」
「むー。ならば「『ならば』じゃねぇよ!」

スパーン

下に居る青年に聞こえてしまうのではないのかと思ってしまうほど大きく小気味良い音は響く。
それに頭を抱える。ふんぞり返る三蔵。…いつもの事だがが哀れだ。ご愁傷様です。

それにしても、何故青年はココに来たのだろうか。本来なら、迷い込んできたとは別に、人間が来れる様な場所ではないはずだ。
街の人に聞いたって信憑性には欠ける。ならば何故…?

「かなりのやり手だね。あの腕前は半端無いよ」
「なんにしたって面倒ごとには変わりねぇ。とっとと追い出すか」

そうと決まったら。が、その時。一つしかない扉が開かれた。

「ココに居たんですか。手間取らせないで頂きたい」

お早いご到着でなによりです、なんて言ってられない状況。開かれたドアの向こうには先ほどの青年が居た。
なんで城主の三蔵がこんなこそこそと隠れなきゃならないのだ、という悪態が見なくても解る。
でも、戦う前から結構な窮地に立たされてしまったらしい。しかし、余裕な2人。

青年が一歩、この部屋に踏み入れた瞬間。ガポッと言う音と共に床が開いた。何故余裕なのか、これで説明が付く。
この城はトラップ、隠し通路、などなどエトセトラ…多く存在するので迂闊に出歩くと大変なことになります。

「お気をつけて〜」

「って遅っっっうおぁぁぁぁぁぁ…」


青年の雄たけびは奈落の底に消えていった。


「…まさかこんなに上手く行くとは」
「やっておいてそれはねぇだろ…。兎に角、地下に行くぞ」
「ほいやっさ!」

この仕掛けは先代が趣味で建築したものだ。彼曰く

『なんかこういうの面白くありませんか?』

だそうだ。

あの笑顔の彼は、未だどこかに旅をしているらしいが一向に帰ってくる様子も無い。仕掛けを作っておいてなんて無責任なことだろうか。 今居ない人に文句を言っても仕方ないが、このお陰で難なく侵入者を撃退できたと思うと…解せないかもしれない。

それは兎も角。青年が落ちた所の真横に仕掛けてある階段から2人は地下に下りた。隣に階段があるなんておちょくってるとしか言いようの無い。

「お父さまも人が悪い」
「あの人はそういう人だろ…諦めろ」
「そうだ、ね…」

暗い暗い階段。闇に眼が利く2人にとってはなんでもないのだが、青年のほうは気が狂ってもおかしくはない。
最下層に居ると思われる青年…果たして無事だろうか。
先代の事だから真下が針山…なんてことは無いだろうが想像したら鳥肌が立ってきた。

あぁ。ご愁傷様。見知らぬ青年よ。


やっとの事で床に足が着く。最下層に着いた様だ。
一緒にあのトラップから行けばよかったんじゃないかと思わせる程、階段は果てしなく続いてかれこれ数十分は歩いたのではないだろうか。 もしかしたら2人が知らない違う近道もあったのでは…と考えるが疲労のためシャットアウト。
見も心も疲れ果てた2人は、青年なんてどうでもいいかな!なんて思い始めてきた。駄目だ。諦めたら駄目だ!(某ねずみ声)

異様に広い地下の廊下はたちが歩くと自然に明かりが灯る。コレはが故意にやっているモノだが、なんともまぁ便利である。 常人には薄気味悪い所だが慣れている2人にはなんのその。
行き止まりにある古臭い扉を開ければギギィと言う不気味すぎる音。どこぞのホラーゲームだ。
これでゾンビなど出てきてみろ。完全完璧、リアルバイ●ハザードの完成だ。

「三蔵…銃もってるよね?」

「ゾンビはでねぇから安心しろ」

扉を開ければそこは牢屋が続く部屋だった。そこまで数は無いのだが夥しい。骸骨やら、血の痕などが確認できた。
…一体何に使ってたんだ。

「昔これ、使ってたの?」
「…あの人の趣味で全部偽者だ」

「何処まで悪趣味なの!お父さまァァァ!」

の叫び虚しく、ただ室内に響くだけで答えてくれる者など当たり前だが皆無だ。

「うっ…」

一番奥。唸り声?が聞こえた。よかったね。の言葉に反応してくれたよ。

「大丈夫ですかー?ハンターさん」

鉄格子を嵌められたソコを見ると先ほどの青年がうずくまっていた。
の声に気がつくと唐突に起き上がり、偽者の血痕がついている壁に身を引く。汚れますよ。

「アンタは、吸血鬼!俺をどうするつもりだ!」

「ソレが素か。糞寒ぃ敬語よりマシだな」

「敬語キャラは八戒で十分ですよねー」

そんな事を言うと悪寒が…。
ではなく、鉄格子越しに会話をする3人。たちは敵意など微塵もないのだが青年の方は殺気ムンムンだ。
瞳には力強い程の光を宿し、でも身体は反対に恐怖に慄いて、震わせていた。
怖がらせたいわけではない。できれば穏便に話し合いを続けたいのだが青年が銃を構えることによって戦闘態勢に入らなければならないらしい。
面倒だ。三蔵に言わせればそういうことだ。

「いや、牢屋に入ってる分際で何をしてるのさ?」
「う、うるさい!薄汚い吸血鬼風情が!」
「何とでも言え。虚勢なんぞ痛くもかゆくもねぇよ」

「私たちは、別に貴方を取って食おうなんて思って無いよ?できれば何事もなく、あなたにココから出て行って欲しいだけ」
「吸血鬼の言うことなんか信用できるか!」
「うーん…どうしましょ。三蔵?」
「知らん。お前の好きにしろ」

『好きにしろ』。その言葉が青年に誤解を招くなど誰が予想できようか。
いや、化け物が言うのだから想像するのは――間違いなく怖いことだろう。

「あのね、だからぁ、銃降ろして?ホラ、私たちは丸腰だよ?」

一句一句丁寧に言い聞かせるように言うが青年は尚威嚇するばかり。手負いの獣みたいな、そんなイメージだ。

「めんどくせぇ。気絶でもなんでもしてそこら辺捨てておけ」
「そんな事言わずにさ!また来たらそれこそ面倒だと思うよ?」

とうとう三蔵の堪忍袋の緒がきれた。まだ殺気だつよりマシだが、我関せず体制も厄介なものだ。
それもの一言によって押しとどまる事になったのだが、いかせん、我侭主君だ。本当に見放されるのもそう遠くはないだろう。
そうなる前にケリをつけなければ。と言う事では牢屋の鍵をあけた。
その行動に青年は豆鉄砲を食らった鳩の様な表情になる。

「どういうつもりだ」

警戒心むき出しの青年は未だ開け放たれた扉から出ようともしない。それどころか構えた銃に力を込めた。
ハァ…とため息をはつくと腰に手を当てて心底呆れ顔だ。

「だーかーらぁ!早くこの城から出て行ってって言ってるの。早くしないと三蔵が貴方を殺しちゃうよ?気が変わらないうちにホラ」
「端から殺す気なんざ持ち合わせちゃいねぇよ」
「そういうこと。私たちは、そこら辺の下級貴族なんかと違って争いは好まない。人間の生き血も飲まないしねぇ」

「信用できるか!」

「してくんなきゃこの話は終わらないわ。一生其処で暮らす気?…居候は結構なんですけどー」
「牢屋に居候もへったくれもあるか馬鹿娘」
「でも世話しなきゃなんないんでしょ?」
「ペットかよ」
「いや、やっぱ居候って事になるね」

どうしたらそうなる。最もな指摘をする三蔵もの言い分にゲッソリだ。そろそろツッコむのも疲れたご様子の三蔵伯爵サマです。
会話に取り残された青年は、何を思ったか銃を下げた。どうやら解ってくれたようす…?

「さぁ、観念してね」

ニコリ、と笑ったは牢屋の中に入ると青年に手を差し伸べた。が、その瞬間。

パンッ――

狭い牢屋に銃声が響く。青年は瞬時に銃口をに向け、撃ったのだ。――しかし。

「あぶな!なにすんのー!さっきからホント不躾にも程があるよ!このわからずやー!!!」

「貴様…本気で殺されてぇか?」

の顔を狙った青年の銃は、少し顔をそらすだけで避けられた。
これが力量の差を見せ付けられたようで…青年のプライドを刺激する。が、三蔵の威圧感に震え上がるしかできなくて。

勝てない。この1発の銃撃で悟る、聊か手馴れの青年。

そしてを攻撃したのが悪かったのか、三蔵が一気に殺気を出してきた。
この妖気は尋常ではない。自分でもわかるくらい、強大な殺気。少しでも動こうとするなら瞬殺される。そんな空気。

「三蔵?脅えちゃってるから抑えて抑えて。私は傷一つ負ってないよ」
「そういう問題じゃねぇだろ」

未だ爆莫大なまでの殺気を放つ三蔵。その紫暗の瞳には怒りか、はたまた。

本気で殺しかねない三蔵を見かねては青年に向き直ると震える手から拳銃を奪った。
抵抗することも出来ない青年はただなすがまま。

「わかった?三蔵が本気を出せば貴方みたいな小物は瞬殺出来るのよ。…ホラ、出て来なよ」

最後は華やかな笑みを浮かべ手を差し出す。最初は冷酷無慈悲な微笑みはいずこへ。
それもでの笑顔にホッと息をついた青年は手を取る事無く自力で立ち上がった。
三蔵の殺気は既に仕舞われていて、青年にも敵意はなくなった。これは戦意喪失とも言う。

、その後ろに青年。そして不機嫌たっぷりの三蔵が1番後ろに並び、一行は地上へと繰り出した。
辺りは真昼で太陽の光は丁度真上にきていた。

日の光を浴びても灰にならない吸血鬼など、聞いたことが無い。それでもこの2人にはとても自然に見えてくるから不思議だ。
この平和に暮らす吸血鬼の領域に無下に入って来た事を青年は後悔した。
元は吸血鬼が憎くて始めた仕事、ハンター。別名『吸血鬼狩り』。なのに自分は何故、この2人の吸血鬼を殺さないのか。
戦意喪失まで恐怖に落とされたからとも言うが、それだけではないことに気付く。
こんな、優しいとまで行かない吸血鬼。こんなモノたちが世界に沢山存在していれば。そう思わずには居られないほど、この2人は光に満ちていた。

魔外者とは言ったものだ。本当に『吸血鬼らしからぬ吸血鬼』だ。


「じゃあね!この辺は魔物が沢山居るから気をつけて」

「何もしなければ手をださん。それを胆に銘じておけ」

「それと、ハイ。この城に来た記念。城自慢の薔薇だよ。棘にある毒は取っておいたから安心してね!」


先ほど己は銃を向けたのに。それなのに暖かく見送りをしてくれる2人に青年は涙が出そうになった。
どうか、この2人に幸福を――。


「それ、魔除けにも使えるから」

「ありがとう」

「ふん。精々のたれ死ぬ事無くハンターでもなんでもしてやがれ」

「三蔵ーそれって応援してんの?」

「さぁな」


どうやら、青年はココの主君に気に入られたようだ。もちろんにも。
燦々罵倒を罵ったのに、許してくれると言うのか。ホント、おかしな吸血鬼だとしか言いようの無い――。


こうして、青年は城を後にした。片手には魔物に良く効くと言う弾丸がこめられた銀の装飾銃を持って。










帰っていったよ

恐ろしいモノは楽しそうに――


あぁ、忌々しき、そのモノ


食べちゃいなよ

今なら楽に喰えるよ


駄目だよ

そんなことしたら吸血鬼の王が怒っちゃうよ

あの薔薇も恐ろしいね


帰ったよ 恐ろしいモノはもう帰った――…










「これで安心だね。魔物に襲われることもないでしょ」

「どこまでもお人よしだなお前は。撃たれたくせに」

「当たって無いからいいよ。ちょっとイラっと来たけどね」

「…優しくともなんともねぇな」

「心が狭いって言いたいの?三蔵に言われたくないよ」










帰ったよ

次ぎは誰が来るかな?

あの、金色の眼?

それとも紅い眼?

それとも緑の眼?

遊んでくれるかな?

僕等は毎日飢えている








「もう、五月蝿い声は聞こえないよ。魔物も静かになったね」

















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ATOGAKI
長い。そしてハッピーエンド。本当は青年、最後に殺してもよかったけど、抑えろ俺。←
最後まで名前が出なかった青年に幸あれ!(某筋肉番組の司会風)
薔薇は、手入れしなくても生き生きと育っています。もちろん時期になれば枯れます。でもまた咲く。不思議だ笑
魔よけ効果もあるので、立ち寄ったときにでもどうぞ貰っていってください。きっと城主はくれますよ。