ミイラ男は光が欲しかった
たとえその包帯で覆われた体が光によるものだとしても
光が、欲しかった
The castle where a vampire is. 12
夜。時計の針が深夜を示す時間帯。月明かりが照らす寝台では目を覚ました。
静寂に包まれる室内は何処までも深く、暗く。まるで闇に飲まれてしまうのではないかと不安に狩られるほどだ。
寝台では壁側に眠る。しかし起き上がった場所は壁も何も無い。いつも隣で寝ている彼がいないのだ。
一体何処に行ったのだろう。辺りを見回してみたが気配一つ無く、その空間には自分ただ1人しか居ない。
一気に、不安が襲ってくる。孤独感がの中を支配していく。
1人が、怖い。――暗い、暗い、暗闇。
寝るときはいつも2人だった。特に出かけるでもなく、暇人の部類に入る2人は毎夜寄り添って寝ていた。
それは、が1人では寝れないからだ。自分の部屋にお気に入りの寝台があろうと、1人は怖かった。
「さん、ぞう?…」
1人に、しないで。怖い。助けて。
ギュウと胸が締め付けられるような感覚。置いてかれてしまった、まるで親離れできない子供の様。
光が、無い。
ある種の絶望感。自分は魔吸血鬼だというのに光がほしいなんて。
まるで『光を求めるミイラ男』の様だ。この前八戒から聞いた、孤独のミイラ男の話。
――男は望んでミイラ男になったわけではなかった。
――男は元は人間だった。
――男は暗い暗い箱の中で光を求めた。
――男は光への執着が大きすぎて死んでからミイラ男になってしまった。
――男は光を求めて、
光が、ほしい――。
「さんぞ、う…。三、蔵っ」
怖かった。一人の夜は、恐怖に包まれる。闇に飲まれてしまう。目が、閉じられない。
1人で寝れない。光に包まれて、ようやく眠れるようになったのに。それなのに何故、居ないの?
泣きじゃくる。子供のように。190年余り生きてきた少女が泣いた。それ程、1人が怖かった。
今夜はいつも以上に感情が高ぶる。――そうか。今日はあの夜と同じだから。
「何、泣いてやがる」
寝台の上で泣きじゃくるは光に包まれた。フワリと舞い降りてきた腕は光のように暖かい。
は三蔵のシャツをしがみつく様に握る。子供が縋る様にその体は一層小さく見えた。
「誰も、殺しに来ねぇよ」
腕に力を込めて、片手はの頭を撫ぜる三蔵。あやすかの様に優しく、壊れ物を触る様に。
闇に解けてしまいそうな髪は繊細で、震える肩は細くて。しゃくりをあげる声は消えてしまいそうに儚い。
何故、己は少しでもこの少女から離れてしまったのか。こんな、あの日によく似たこの日に。
「悪かった…」
深く眠りについているから大丈夫だと思った。目が覚めるなど、幼い寝顔からは想像できなかったのだ。
だけど、この少女は己が離れることによって目が覚めてしまった。全く、世話の焼ける吸血鬼だ。
「殺、さないっで。行かない、で…っ」
「俺はお前を殺さない。何処にも行かねぇよ」
「っ三、蔵ぉ」
「まだ寝てろ…このままで居てやるから」
どのくらいの時間が経っただろうか。泣き止んだは今は夢の中。魘されてもない。
ぐっすりと穏やかな顔つきで眠るこの吸血鬼の少女は三蔵の腕の中で安らかに眠る。
触れる体温が暖かく、心地よい。三蔵もまた、眠りについた。
――殺さないで
その言葉は重く、三蔵の心に響いた。彼女は未だに癒えない傷があるのは確かだ。ソレを彼は知っている。
この夜に似た日を。いつか彼女が克服できる時が来るだろうか。100年以上苦しめられたあの出来事。
今は、まだ。己の腕の中で眠れるうちはそのままでいい。
コレは彼のエゴだけど、手放したくは無かった。たとえソレが己の所為だとしても。
ミイラ男は光を求めた。その身が焼かれようとも、光を求め続けた。
――光が、ほしい。
ミイラ男は光を求めた。暗い暗い闇の中でもがきながらも光を求め続けた。
――光を、ください。
ミイラ男は光を求めた。元は人間だろうともミイラになってまで光を求め続けた。
――光は、直ぐ其処なのに。
ミイラ男は光を求めた。たとえ光を浴びたら直ぐに消えると知っていても光を求め続けた。
――光も、俺を拒絶するのか。
ミイラ男は光を求めた。今も尚求め続けている。
――いつかきっと…。
1人、死を見た吸血鬼の少女は嵐の夜が怖かった。
1人、死を見た吸血鬼の少女は眠るのが怖かった。
――誰の所為でもない。全ては私の所為。
『アンタの所為よ…全部、全部。あの人を奪ったアンタが、憎い。――殺してやる』
1人で眠ると、彼が居ないとフラッシュバックされる、あの光景。
「なんと言われようとも、殺されかけても。それでも私は、手放せなかったモノがある」
コレは、私の光。
誰にも、渡さない。
それは彼女のエゴだけど、彼もそうだった。
互いに、手放せない存在。たとえ灰になろうとも、求め続ける。
目が覚めた。今度は日が昇る朝。カーテン越しに朝日が寝台を照らす。
目の前には毎日見続けてきた、姿。――あぁ、三蔵だ。
昨晩の事は覚えている。起きたばかりの脳は朦朧としているが記憶はあった。
朝になれば何がそんなに怖かったのか、曖昧にだけど記憶している。でも、怖くない。もう、朝だからね。
吸血鬼の癖に朝が来たら安心するなど…魔外者の彼女ならではの事なのだろう。
それと、己を包み込む腕が、三蔵の体温があって至極安心する。後ろからも前からも光に包まれている様だ。
未だに起きない目の前の彼は普段よりは眉間の皺が薄いが、光が眩しいのかあまり起きている時と変わらない表情。
早く言えば仏頂面なのだが、それもまた可愛い。そんな事を本人の目の前で言ったら確実にハリセンものだ。…それは嫌である。
そんな事を考え思わず笑ってしまっただが寝ている三蔵には気付かれずに済んだ。命拾いした気分。
もう起きる時間だが、如何せんこの状態は心地よい。もう一度眠ってしまおうか。そうだ。そうしよう。
は瞳を閉じる。2度寝するにはそう時間がかからなかった。が。
「何また寝ようとしてやがんだ」
ペシリ。痛い。其処まで痛くは無いがお約束。額を軽く叩かれたはうとうとし始めた意識を浮上させることになる。
目を開ければ先ほどより数倍眉間に皺がよった、仏頂面の顔。――あぁ。三蔵だ。
先ほどと同じ事を思いつつは聊か不機嫌になりながら批難の目を向ける。もう少し寝かしてはくれまいか。そんな思いを乗せて。
「おはよう…って言いたいところだけど、眠い。寝る」
「待てコラ。勝手に2度寝しようとしてんじゃねぇよ馬鹿娘」
「何さー。私は眠いんだって。寝かしてよ」
「良い度胸じゃねぇか…引っ叩くぞ」
「ごめんなさい起きます起きさせていただきます」
最初からそうしてればいいんだ、と言わんばかりの尊大な態度の三蔵に少々イラっと来たが逆らえないのも事実。
寝起きが悪い彼だから尚の事。寝起きからハリセンは勘弁願いたい。は渋々ながらも起き上がることしかできなかった。
でも、まだ横になっていたい。結果1ミリたりとも動いていない。寝ないからいいよね。
「ったく、しょうがねぇ奴だな」
そう言って抱き寄せる三蔵は先ほどと矛盾してはいまいか。その事を指摘しても「誰も起き上がれとは言っていない」と言うのだろう。
それも憎たらしい顔で。全く持って腹立たしい事この上ない。だがそれがまたいい…。駄目だ。睡魔が。
「まだ寝ててもいいでしょ?一緒に寝ようよー」
無言で抱き寄せる力をこめるのは肯定と取っていいのだろう。既に三蔵は目を閉じている。起こしたくせに先に寝るとは。
しかしそんな事を考えるより先にもまた、睡魔に襲われ眠るのであった。所詮欲には勝てないのである。
ミイラ男が起きてくるよ
悲しき運命を背負ったミイラ男が地の底から出てこようとしてる
光を求めて
もう直ぐだ
完全に 出てくる
「光が…欲しい」
ボコ、ボゴゴ…
それは吸血鬼が住む城の裏手。なんの変哲も無い場所だが、地響きのような音と主に地面が盛り上がった。
何かが、出てくる。
「な、何っ?」
地中から湧き出る気配にいち早く気付いたは急いで駆け寄った。丁度外に居たのだ。
夕暮れ時の日が沈む空。あたりを真っ赤に染め上げる夕日は城の裏手を怪しく照らす。
どんどん大きく盛り上がる土。一体何が出てくると言うのか。
そして、手が出てきた。勢い良く飛び出たソレにはボロボロの包帯が巻かれていた。
の脳裏を過ぎったのはある男の話。
「ミイラ…男?」
それしか考えられない。でも何故こんなところに?
「ひ……が ほ、い」
ボコ、コ…ボコッ
「ひか、が ほし…」
唸るような声。くぐもって聞こえる男の、声。
ただよらぬ自体に反射的に数歩下がるは眼は離さないままどうするべきか迷っていた。
三蔵を呼ぶ…?いや、今は不在だ。なんでこんなときに、全く。
助けは呼べない。でも助けが要る状況とも言えない。どうする私、どうするよ!続かないからね!!
「光が欲しい」
身の毛がよだつ。がアタフタしている間に地中から出た――頭。
両手も出ているので首だけは免れたが、それにしても不気味だ。どこぞのホラーだ。…またか。
その男は、全身を包帯で巻かれ、地中深くに埋まっていた。
その男は幾年の歳月を経て、甦る。
見上げてくる瞳は血走っていて。ゾクリとの背中に何かが走る。気味が、悪い。
1歩間違ったらゾンビに見えるそのミイラ男は、ニタリ、と笑った。
ゾクゾクッ
全身鳥肌が立った。このミイラ男は、何?その狂気に似た瞳は、何故?
夕日が完全に沈んだ空。あたりは一気に暗闇へと姿を変え、木が騒ぎ立つ。
数メートルしか離れて居ないのに、近くに居る感覚。まるで全身を縫いとめられてしまったように動けない身体。
空気が重い。息が、できない。
「光、が…欲しい」
ゴボボ、ボボゴゴッ
「ちょ、な!?」
そのミイラ男は驚くべき速さでに迫ってきた。両手で地を這いずり、あっという間に距離を縮める。
はすぐさま後ろに下がると何処からともなく大剣を出す。
戦う…?いや、戦えない。戦えるはずが、無いのだ。
こんな、悲しそうなミイラ男と。
「貴方は、光を浴びたら消えてしまうんですよ?ソレなのに、何故…?」
は問いかける。無駄かもしれない、けれど聞かずにはいられなかった。
理由が、知りたい。あの話と同じだと想うけど、このミイラ男――否、元人間の彼の心は?
「光が、欲しい…。こんな暗い、場所はイヤ、だ」
「光…?」
自分は知っている。光の必要性を。光を求めるモノの気持ちが。
――彼は、外にも出られない肌を持っていた。
――陽の光に少しでもあたればその身を焦がされる。
――稀に見る、アルビノ体質。
「生きていた、のに、埋められて…光が、欲しかった」
「生きたまま埋葬されてしまったの!?…そんな事って」
――彼は生前も光を求めた。
――そして光を浴びてしまったが故に全身大火傷をしてしまい、昏睡状態のまま気付かれず埋葬された。
――だが埋葬され、ふとした拍子に地中の中で起き、もがいた。
――やっと、光が手に入ったのに、また闇。
――闇が視界を、全てを奪った。光でさえも届かない。
どんなに苦しかっただろうか。生きたまま埋葬され、挙句の果てには孤独の闇の中を必死に――。
「光が欲しい…。もう一度、光が」
ミイラ男は涙を流した。孤独からの恐怖と、闇への狂気。光を求め、ずっとずっと。
は大剣を仕舞いミイラ男の前にしゃがむ。もう、大丈夫と言う様に抱きしめた。
辛かった。怖かった。悲しかった。苦しかった。憎かった。――欲しかった。
全ての感情が伝わる、その瞬間。背後に光が、舞い降りた。
「何をしている」
の肩越しに、ミイラ男は『太陽』を見た――。
ミイラ男は光を求めた。その身が焼かれようとも、光を求め続けた。
――光が、ほしい。
ミイラ男は光を求めた。暗い暗い闇の中でもがきながらも光を求め続けた。
――光を、ください。
ミイラ男は光を求めた。元は人間だろうともミイラになってまで光を求め続けた。
――光は、直ぐ其処なのに。
ミイラ男は光を求めた。たとえ光を浴びたら直ぐに消えると知っていても光を求め続けた。
――光も、俺を拒絶するのか。
ミイラ男は光を求めた。今も尚求め続けている。
――いつかきっと…。
「光、だ…」
その言葉は風に流され。しかしそばに居た吸血鬼達には聞こえていた。
彼の最後の言葉を。嬉しそうな笑顔を携え、砂になって消えた。
「ミイラ男は光が欲しかった。生きたまま埋葬されても生きて、死んで。そしてミイラ男になって、甦った。光を求めて」
彼は、最後に光を見た。光を浴びた。
この『光を持つ吸血鬼』が最後に見たモノ。
幸せだっただろうか?
救われただろうか?
――彼女はまだ知らない。己も光を持っていることを。
「ちゃんとした所に墓でも立ててやれ」
「うん!」
吸血鬼の墓場に『元人間のミイラ男』の墓が増えた。
墓石でできた十字架に、残った包帯を巻いて。
――”You have light”
文字を刻む。
「貴方は、光を持っています。誰でも最初から持っている、光が」
朝日を浴びて、白く輝く。それは反射して、まるでミイラ男本人が発している様に見えた。
『二度と見失うな』
それはいつだったか己が言った言葉。自分を見失った少年にはなった言葉。
誰にでも言えることだろう。自分の光を見失えば、全てを失う。
時に人間は魔物になる。
時に魔物は闇に呑まれその1部となる。
「私は、見失わないよ。三蔵…」
「貴様はうろちょろするからな。見つけるのにも一苦労だ」
「ちょっと!それは酷いんじゃなくてー!?」
「事実だろ。全く世話の焼ける馬鹿娘だな」
「三蔵なんか、知らないんだから!」
僕等も王の光を見失わないよ
だって王の光は強力すぎて見失えないもんね
だから
王はそのままでいて
ミイラ男は最後に光が見えてよかったね
逆に言うと光を見たから最後になったんだよ
でも よかったね
そうだね
ミイラ男は光を求めて甦る
たとえ光を浴びたら消えてなくなろうとも――
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ATOGAKI
なんか過去が悟浄氏と似てきたが、違いますからね。…女の嫉妬とは怖いです。前回となんかリンクってか似通ってきましたが。うん。気のせいだよ←
また意味不明の産物が…ちょっと内容が適当に…イヤイヤそんなはずは。
兎に角、これも一つのハッピーエンドです。三蔵サマ、最初は甘かったのに最後少ししか出番が!あぁもう最悪だー!orz
次ぎは、どうかな。仮面物語とか、亡霊ものとか、書きたい。うん。書くわ。