夢か現実か判断し難い状況で、私は耳を疑うような言葉を聞いた。
その声は良く知った人物のものでそして…
あぁ。私はまだ自分の中の感情さえもわかっていないのに、貴方からそんな言葉を言われてしまったらどうすればいいと言うの?
でも心に残ったのは、不思議と暖かいもので、熱に侵された体がもっと熱くなった気がした。
これが貴方と同じ言葉で表せると言うのか…きっとそうなんだったら嬉しい…な。
彼と彼女の青春ストーリー
後悔、と言うものはあまり経験した覚えがないものだった。毎日あるがままに生きている自分には程遠いものなのだとばかり思っていたからだ。
しかし今唐突に自分の発言のせいでその後悔が襲ってくるのを感じる――コノ想いは後悔するようなものだったのか?
自分に問いかけても答えは出ない。しかし、既に答えは出ているのかもしれない。コノ想いは、が好きだと言う事実は何者にも変え難いものだ。
コレは嘘でもなんでもねぇ。俺の本気なんだ。考えてみれば女に興味が無かったんじゃねェ。俺にはしか写っていなかったのだ。
それを自覚したのはいつだったか…。随分と前かもしれんし、出会って間もない頃かも、ましてや自分が一目ぼれだったと言う可能性はゼロではない。
アイツは会った当初、誰にも近寄らない臆病だったんだ。いつもいつも信頼しているのか父さんの影に隠れて。
でも、初めてアイツが俺に頼ってきた時は――全力で守りたいと思ったんだ。
年は1つしか違わなかったがそれでもコイツは俺が守らなくちゃいけねぇと自然に頭の中に入ってきた。コレは義務でもましてや言われたことでもねぇ。
全部全部、俺の本音、俺の素直な気持ちだったんだ。こんなこと誰にも言うつもりもねぇ。ただ、今冷えた頭でフト思い浮かんだことだった。
熱に侵されたは聞こえちゃいねぇかもしれん。そっちの方が好都合かもしれないと思っている俺はやはり臆病者なのか。
自分の言葉に責任を持つのは当たり前だが、この時はどうしても願ってしまう。無かったことにしてほしい、と。
「クッ…情けねェな。俺も相当の馬鹿だ」
自嘲した笑みを浮かべ、俺はドアにより掛けた身体をずるずるとそのまましゃがみ込んだ。まだ衣替えしていない制服のYシャツ越しに冷たく硬い感触が布越しに伝わった。
その冷たさが一層、身に沁みる。本当に人の事が言えないほど己は大馬鹿者だったと言うワケだ。洒落にもならん。
そろそろ昼飯の時間だが、には粥を作ってやった方がよいものか…。まだ決心が着かない頭でアイツの顔を見ることが出来ないのも事実。
まずは一服して、落ち着きを取り戻し俺は部屋を出た。未だ帰ってこない父親を探しついでに買い物を済ませる為に。
結局はには甘く、どんなに顔合わせづらくても心配してしまう己にまた、自嘲の笑みを浮かべた。
「おや?江流、帰ってきていたんですか?」
「父さん…何処に行っていたんですか。病人を置いて…」
「すみませんねェ…買い物帰りに近所の人と長話になってしまいまして」
「ハァ…兎に角、粥を作るので食材を」
「の具合はどうなんです?」
「ただの風邪です。飯食って熱さましの薬飲んだら幾分か楽になると思いますが」
まぁ大体の予想はしていたが、父さんには呆れて物が言えない。お陰でが無茶をしたと言っても過言ではないだろう。
自分の事は棚に上げて、とは言うがこれも致し方ないと言ってしまえばそうなのだ。父さんに任せた俺が馬鹿だった…と。
そんな俺の心情を知らない父親は俺が今まさに探しに行こうと思ってたところ丁度良く帰ってきたのだ。呑気なこって。
まだ釈然としないが、兎に角目当ての食材を父親の手からとり台所へと向かう。もう昼も過ぎた。そろそろ飯を食わせて薬を飲んでもらわなければならないので早々に仕度に取り掛かった。
その途中で父さんに事の成り行きを話したのだがそれはもう呑気なもので「大変でしたねぇ」なんて言う。…そろそろ本当にキレてもよかろうか。
まぁそんな父親の性格も知っているつもりなので押さえたが。なんとなく腹いせにへの粥を父さんに押し付けることにした。
気付かれては困るが、ちょっと察して欲しい気持ちもあった俺だがそんな心配を他所に父さんは快く引き受けてくれた。
親馬鹿でもある父さんは娘との交流が嬉しいらしい。しかも病床に就いている時なのだ。看病したい気持ちが大きいらしい。
だったら俺の居ぬ間に看病しておけばいいのでは…なんて気にしたら負けだ。
逃げるのか。
そう問われれば俺はなんて答えるだろうか。実際逃げていることには変わり無いが、それでも今はまだ顔を合わせたくは無い。
心の算段が整い次第…と言いたいところだがそれはいつになるのか―それとも一生このままになるかもしれない。
ずっとずっと傍に居た存在なのだ。今更手放せないし手放したくも無い。しかしこんな馬鹿げた状態を招いたのは他の誰でもない己なのだ。
憎々しげに悪態をついても舌打ちをしても何も変わらないことは分りきっている。ましてや煙草を吸って完全に落ち着くことも出来ないで居る。
いつからこんなに女々しくなったのか。の事となると本当に自分なのかも疑いたくなる。あぁ馬鹿らしい。
俺はいつの間にか闇に包まれた空を見上げ、星を見た。見たと言うより自然と視界に入ってくると言った方が正しい。
2部屋しかない2階のベランダで1人、思いを馳せるかのように煙草を吸った。でも何も変わらない。この己の心情も戸惑いも、忌々しげな感情も。
ベランダ、と呼んでもよいものか。ココには手摺りが無く1階の縁側をそのまま屋根に乗せたかのような物で。つくづく父親の趣味が窺える一見危険な場所。
でもそれが反対に居心地がよかったのも事実。昔は良くココでお月見をした覚えがある。時には3人で、時には馬鹿どもと共に。
そんな思い出がつまっている―と言ったら気色悪いが―に座りこみいつも隣にはが居たと思い出していた。
他の誰が居ようが、居なかろうが。絶対自分がココに居ると決まっても隣の窓から出てきて隣に座った。それがやっぱり当たり前で。
その空間に居心地良いと感じていたのだが今では誰も居ないと言うことに物足りなさが一層強まった。隣がやけに…物寂しいのだ。
「三蔵ー?」
俺の心を呼んだかのように…それは必然だったのかたまたまだったのか、寝込んでいる筈のが隣の窓から出てきた。
ドキリ、と。胸の高鳴る鼓動を感じる。なんと言うバットタイミングなんだこの馬鹿娘は。
一瞬だけだが目をあわせてしまった俺は不自然にならないようにそらした。気付かれてないだろうか、という緊張だけが全身に駆け巡る。
あぁ。ただ一目見ただけでも反応してしまう自分が情けない。まだ心の準備と言うものがだな…
「病人は大人しく寝ていろ。悪化したらどうする」
出てきたのはきっと今まで通りのものだったと思う。そう思わずにはいられまい。
ただ自分の中を悟られてはならないと、本能が自然に言葉を発したとしか思えない。…助かった。
「もうね、晩御飯食べて、薬飲んで少し寝たら結構元気になっちゃったのよ」
「貴様の言葉は当てにならん。今すぐ部屋にもどれ馬鹿娘」
「何よ…折角1人じゃ寂しいかと思ってきてあげたのに」
「寂しいのは貴様の方だろうが」
寂しい…確かに物寂しいとは思ったがまさか本当に来るとは。それに喜びを覚える俺も相当ヤバイ。
でもココは病人にとっては危険な場所だ。なんてったって手摺りが無いんだからな。落っこちたらそれこそ洒落にならん。
元気と本人はほざいているがそのフラフラした足取りを見ると相当無理しているのがわかる。…本当に世話の焼ける奴だ。
俺が何を言おうとこんなときに限って頑固なは戻りはしない。そうとわかっている俺は仕方なしに手を差し出した。
「ありがとー」
「さっさと大人しく座っていろ」
「うん…っと!」
…本当にどうしようもない馬鹿者だコイツは。俺がわざわざ手を差し出してやったにも関わらず躓きやがった。
不本意にも抱きとめる形になったのだが…マズイ。今の状況でコレはマズイかもしれん。咄嗟の事だったので意識していないが…抱きとめているのだ。己はを。
「さん、ぞう…?」
「黙ってろ…もう少し、このまま――」
離してやる事なんて出来ない。したくもない。己はただ、欲望に忠実に。
この腕の中にある存在だけが、確かなものとなって、そして己の思いも大きく膨らんでいった。このまま、このままで居たい、と。
手に絡めた繊細で艶やかな髪の毛が刺激する。腰に回した腕が、その柔らかな感触が全ての思考を遮断して。
密着した部分からぬくもりが伝わり俺の理性が切れるのも時間の問題で、それは唐突に。
流れる動作での顔を上に向かせ、その唇に口付けた。もう、どうなっても構わない。俺が望むものは――
「好きだ。…」
は、その先ほどと違って冴えた頭でどう受け取ったのか。拒絶か、はたまた。
準備なんていらなかった
(こんな身勝手な俺を許してくれとは言わない、ただ、お前の本当の気持ちを知りたいだけなんだ)
ATOGAKI
なーにやってんだか…←。また好きだと言っちゃいましたね三蔵サマ。なんかもー頭の中まっさらになって無意識に出ちゃったんでしょうね!
もう家の構図とか突っ込まないで上げてください。文中でも説明したとおり瓦屋根の上にベランダの手摺りなしver.を作ってみました。
光明さんの趣味と言うか管理人の趣味です(爆)こんなのあったらいいな〜と言う願望。危険なことこの上なし。
次回最終回。この頃三蔵サマ語りばっかりだったので、最後はやっぱりヒロインサイド。