「暇人?」
「お前と一緒にすんな」
「そう言わずー。同士よ、仲良くお茶でもしようじゃないか」
「年寄りかお前は」
「今の時期はほうじ茶?買って来るよ」
「話を聞け・・・まったく、好きにしろ」
勝手に近寄ってきては勝手に話を進め、一歩間違えれば独り言と対して変わらない会話を繰り返す。
特にどういった関係というものではなく、ただ、気まぐれに時を過ごしては気まぐれに離れまるで川に落ちた紅葉の葉のようにつかず離れず。そんな曖昧な関係だった。
「秋ですねー。寒い季節が近づいてきてるよ。暑いよりはマシかな」
「意外だな。お前だったら寒さより暑さの方が良いと思っていたんだが」
「んー暑いのはね、ものすっごいだるくなるじゃん?なんか生ぬるいのは嫌なわけ」
「わかる気もするが、わからん」
「寒かったら頭も冴えて手足はかじかむけど暑苦しくないし」
「コッテリよりサッパリ派か」
「正解」
聊かずれた会話を繰り返し、自分でもわかってはいるが珍回答に笑ってしまうのは何故なのか。
くだらない。その一言で済ませばいいものなのに、このどこか抜けた女との会話が心地よいのだと――認めたくはないがきっとそうなのだ、と心の片隅で渋々納得した。
「毎日こんな所に一人でいて、つまんなくないの?」
女は心底わからないと言う。秋の訪れを知らせる風が吹きぬけ、髪を弄ぶこの女と同じ気まぐれな風は徐々に寒さを増し、屋内へ逃げろと追い立てる。
指先から血が引くかの如く冷たくなり、感覚さえも奪い去ってゆく。
どくん、と。跳ねる鼓動に意識を戻され思わず、らしくない自分に自嘲した。
この女は今まで何故、ここに来ていたのだとあきれを通り越して笑いがこみ上げてくる。
「しょうがねぇだろ。俺はここから離れられねぇんだからな」
ここしか来る場所がない、と言った方がわかりやすいだろうか。季節が廻る様子をいつも窓から見て、絶望に打ちひしがれていた当時は外に出ることさえしなかった。だから、心地よいこの場所だけが唯一の『外』で。
いつもここにいる理由はただ、それだけだった。
「ホント、めんどくさがりだよねー」
「るせぇ」
「私が来なきゃずっと一人?さびしい人間だ」
「そういうお前は、誰か他に連れはいねぇのかよ」
「・・・うん。私ももう一人になっちゃった、のかな」
マヌケた面は珍しく、いや、初めて悲痛に歪み瞬時に気づき苦笑へと変わる。
その表情の意味がわからないから、言葉をかける事さえできない。自分にはまだ、わからない。
「お前は――」
「あぁ、お迎えが来ちゃったみたいだ。今日はここでさよならだね」
女が言うように後腐れなく、サッパリとした態度で立ち上がる。
それはまるで、何かを振り払うかのようにあがいていた。自分にはそう見えたのだ。
迷いを切捨て今まで気づきあげてきた『何か』を、断ち切るかの様にあがき。
同時に『外』であったこの場所が失われるのだとどこか遠くの意識の中で、確信に変わる。
「これからの季節、寒くなるね。風邪には気をつけて」
――三蔵。
自分にはすべて、わかっていたのだと。否定してきた自分を崩すのが怖くて、この関係を壊すのが怖くて逃げてきたのだと。教えた筈が無い名を呼ばれ、古傷が疼いた。
それはそこはかとなくわかっていた事。季節が過ぎ行く中で置いてきたそれと共に疼き、疼き。
――俺は、その女の名前を呼べなかった。否。呼べる筈が、なかったのだ。
川に落ちた紅葉の葉はゆらり、ゆらりと不規則に、けれど向かう場所はみな同じ。川を下り、時には流れに置き去りにされ不確かに。
冷たい風が木々を揺らし、川ではなく地面に落ちた紅葉の葉を巻き上げる。
遠くで見知らぬ男に呼ばれ、悲しげに笑う女はもう戻っては来ないと告げた。
呼べない名と、知らない名に胸が締め付けられ伸ばそうとした手を寒いからという理由をつけて引っ込めた。
ここで引き止めていたら何かが変わったのかもしれない。が、そのありもしない幻想になりふりかまわず身を投じるなどと、できる筈がないではないか。
川の様に流れ続ける時の中に、置いて来た己の記憶の中。
その中にあの女は居たのだと思う。先に行ってしまった俺に追いつこうとあがいて、あがいて。
でも、本当は。
置いて行かれたのは俺自身で、先に行く女はもう追いつけない俺を忘れようとあがいていたのだ。
俺の置いて行かれた『記憶』と俺自身を。
「はっ。・・・だせぇ」
いまさら何もかも思い出しても意味は無い。彼女はもう、戻っては来ないのだから。
追いつけない、距離
(季節は貴方を置いてゆく)
***
補足:記憶を失っていた三蔵サマ。ヒロインは元カノ。遠くで呼んでいた男は八戒さん。笑
いつもの如く拍手になると意味不明さに磨きがかっていますが、雰囲気だけでも伝わればと。思います。